はじめに

 我が国において、大学受験は社会の関心事のひとつです。2021年から実施される大学入学共通テストにも注目が集まっています。毎年、大学入試センター試験が実施されるとマスコミは大きく取り上げます。筆者が約30年前に予備校生だった頃の印象的なエピソードとして、予備校のある有名講師が、共通一次試験(大学入試センター試験の前身)の直後の授業で、「大学に誰が入学しようとそれはたいした問題ではない。世の中にはもっと重要な社会問題があるのだから・・・」と言いました。筆者は、「とんでもないことを言うな」と思った一方で、確かにそのとおりだとも思いました。この言葉によって受験一色だった視野が少し広がった感じがしました。また、「浪人させてもらっているのだ」と両親に対して感謝する気持ちになり、落ち着いて国立大学の二次試験に向けて勉強することができました。当時
の予備校生は、このように講師やスタッフに支えられていました。予備校には臨床心理士などの専門家はいませんでした。

予備校生のおかれている状態

 本稿では、予備校には現役の高校生もいますが、「予備校生」とは「浪人」して予備校に通っている人のこととします。予備校生は、社会的に不安定な立場です。彼らは、受験を失敗したこと、同級生から一年は遅れるという挫折体験を抱え、さらに保護者に経済的負担をかけているという気持ちを抱え、厳しい受験勉強をする(しなければならない)というストレスがかかっています。

 予備校生は発達心理学では青年期に相当し、アイデンティティ(identity)の確立という課題に取り組む時期です。「自分とは? 自分らしさとは?」という問いに対する答えを模索するのですが︑予備校生は志望大学に合格しないとアイデンティティが確立できないと考える側面があり、それゆえの苦しさを抱えています。また、一人前の大人になるという「自立」の前段階として、経済的な
こと以外の大学受験に関することは自己責任で行うという意味での「自律」がテーマとなります。大学受験では、将来へのある程度の見通しを持ち、進路選択する必要があります。つまり自分はどうなりたいのか、どう生きていきたいのかと自己分析、志望大学合格という自己実現を目標にして受験生活を送るのです。

予備校生としての悩み

 実際のカウンセリングでは、「勉強がはかどらない」「集中力がない」「よく眠れない」「理想的な受験生活とは?」「ケアレスミスをなくしたい」「実力と志望大学のレベルとのギャップ」「試験で緊張して実力が発揮できない」などの悩みを訴える予備校生が多く見られます。受験生だからしっかり頑張らなければならないという焦りとそこから生じる不安が中心的な問題です。また、このような受験勉強に関する訴えの背景には、親子関係、友人関係、異性関係などの問題があることも多いのです。

受験生症候群とは

 受験生特有の心身疲労状態として「受験生症候群」というものがあり、受験生活を始めて禁欲的な努力家に変身し︑疲れを自覚したがらない受験生に多く見られるものです。

 受験生症候群のメカニズムは図の通りです。まず、成績低下や思うような成績が取れないと、不安や焦りから勉強時間を増やそうとして、睡眠や休憩の時間を削ります。このようにすると、当然疲労が蓄積しますが、予備校生は焦りのため疲労を自覚できず、結果として勉強の能率や集中力が低下します。そして、また成績低下につながり、悪循環が始まってしまうのです。最後には、夜は眠気と戦っているだけで勉強が手につかず、勉強できなかった罪悪感から睡眠の質が悪くなり、翌日の昼間
は授業に集中できず、復習もおぼつかないという状態に陥るのです。この受験生症候群への対応は予備校におけるカウンセリングの大きなテーマです。

予備校での心理臨床

 臨床心理士などのカウンセラーを配置している予備校はそれほど多くないのが現状です。予備校での心理臨床の大きな特徴は、対応期間が4月中旬から翌年2月までであり、長くても10カ月程度と短いことです。主な活動内容は、①予備校生やその保護者への個別カウンセリング、②講演会などによる心理教育的・予防的活動、③予備校の講師やスタッフとの連携や研修、以上の3つがあります。
 ①の個別カウンセリングでは、「受験生症候群」への対応が重要で、「集中困難」「不眠・劵怠感などの身体症状」「抑うつ」が主な症状です。抑うつの程度が重い場合などは医療機関との連携も重要です。なお、カウンセリングでは、受験勉強をしている中で様々な問題が生じているという「文脈」を丁寧に扱うことが必要となります。

 ②の活動では、講演会は予備校生対象と保護者対象のものがあります。予備校生には、ストレスや受験生症候群への対処や試験でのあがり(緊張)への対処という内容が主になります。講演会を聞いてカウンセリングに繫がる予備校生も少なくありません。保護者には、予備校生の心理状態を理解していただき、基本的な生活習慣(睡眠時間の確保、食事のことなど)に配慮しつつ生活リズムを維持することや、予備校生の不安へのサポート方法という内容が主になります。保護者に対するサポート
は年々必要になっている印象です。

 最後に、③の活動の中で予備校のスタッフとの連携は特に重要です。筆者が関わっている予備校では、講義は講師が行い、日常的な進路の相談や生活上の指導は、クラスを担当しているスタッフ(学校の担任教員に相当します)が行っています。カウンセラーは週に1日程度の勤務ですので、予備校生へのサポートの際にこのスタッフから予備校生の日々の様子を聞いて対応を一緒に考えることも多いのです。

 また、予備校在籍中に対応が終結するものばかりではなく、継続的な支援が必要な事例も多いため、入学先の大学の相談機関へつなぐことも重要な役割です。

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