大学、短期大学や高等専門学校などには、学生の生活や学業についての相談を受け付ける機関が、学生相談室や相談所またはカウンセリングセンターなどの名前で設置されています。高校まではクラスや学年に担任の先生がいて、生活指導や進路指導の機会が設定されていますが、大学では困ったことや誰かに聴いてほしいことがあれば、自分で相談室に相談に行きます。ここではそのような学生相談室に寄せられた相談ごとから受験についてのテーマを取り上げます。ですから、第一志望であったかそうでなかったかはあれども、大学受験に合格して入学しているひとたちについての話です。
価値観の変化
うちの子どもが予備校で、行きたいと思う大学より難易度ランクが一つ上の大学を第一志望にするように指導されました。上を目指してやっと一つ下のランクの大学に合格するというわけです。なるほど、だから第一志望でない学生がこんなにいるのかと納得しました。おそらくはトップクラスの数校以外は、第一志望はもっと難しい○○大学だったという学生だらけでしょう。ここで一つの教訓です。「大学に入ったら、その大学に合格したこともその上の大学を目指していたことも、何の自慢にもならない」。周りのひともみんな同じだからです。
ひとの考えや価値観は、周囲の影響を受けます。中学生や高校生は、家族や親せき、学校の友人や教師、塾の講師などから進路や受験について直接の情報がもたらされ、知らず知らずにうちに同様の考えや価値観を持ちやすいものです。そして、入試の直後はその価値観に基づいて受験に成功したとか失敗したとか評価をします。ところが大学に入学すると、それまでとは異なる価値観に触れる機会があり、何より周囲にいるのは同じ大学の友人たちとなり、価値観も変わります。「ここは自分にふさわしくない」と思い続けることはむずかしくなるでしょう。
仮面浪人のその後
4月から5月にかけて、この大学に入学したのは不本意で、来年もう一度受験をするという学生が相談に来ます。いわゆる仮面浪人です。しかしそのほとんどは夏休みが近づくころには、大学での生活が楽しくなり、「このままでもいいや」と思うようになります。
もしもこのままこの大学で過ごすことになったら、友だちがいないと困るだろうと、友だちを作ればその集団になじんでいくのは自然なことです。最低限の単位はとっておこうと授業に出ているうちに、勉強が面白くなるかもしれません。一応入っておいたサークル活動が楽しくなってくるかもしれません。積極的に参加して楽しもうとするならば、さまざまな楽しみが見つかるのが大学で
す。「もしものために一応」のつもりが、自分の居場所が見つかり、毎日が楽しく充実してきて、再受験はどうでもよくなる仮面浪人は少なくありません。
受験は、それ以前には大きな分岐点のように見えますが、通過した後に振り返れば一本の道でしかないのです。ひとはいつも自分がいる地点から過去を評価します。今いる場所に満足していれば、そこに至る過去のあれこれは「あれはあれでよかったのだ」と思えます。逆に現在の境遇や自分自身に不満があれば、「こんなはずではなかったのに、何がいけなかったのか」と考えます。
保険は有効か?
仮面浪人の誤算はもう一つあります。ひと昔前、おそらく今の受験生の親世代が学生であった頃に比べて、大学で単位を取得することは難しくなっています。授業に出席し、提出物の期限を守り、ディスカッションや共同作業をして、試験で一定の成績をとらなければなりません。受験勉強の傍らにこなせるものではありません。本当に再受験する人は入学直後あるいは前期が終わったら休学して受験体制に入ります。入学だけ担保しておこうという考えでしょう。「もしも再受験で合格しなかった時にも4年で卒業できる保険をかけておこう」という考えは、あまり現実的ではありません。
大学生活で何を学ぶか
そしてそのどちらでもなく、不本意だったと言い続けるひともいます。大学や他の学生の不満を言い続け、自分を受験に追いやった親や誰かを恨み、後悔の中に居続けます。彼らは大学に登校しなくなり、かといって受験勉強をするでもなく、そのままずるずると日を過ごし、場合によっては何年もその状態を続けたのちに学生相談に現れます。
彼らは仮面浪人のはずが楽しくなってしまった人たちとは逆で、大学になじめなかったり、友だちができなかったり、居場所が見つからなかったりしていました。そして多くの場合に、そのような周囲とのなじめなさは大学で初めて生じたわけではなく、中学や高校、あるいは家族の中でも感じられていたことが相談の中でわかってきます。
過去にそういう体験をしてきた人もいるでしょう。そうであったとしても、大学は、ひとと一緒にいてもひとりでいてもよい、科目もある程度の選択が可能だし、必要な単位をとりさえすれば、あとは関心のあることに多くの時間を使える自由度の高い場所です。自分は何が好きか、どう人と付き合うか、どのようなあり方や環境が楽なのか、それらを試す機会があります。元々自分に向いていないことに「できなければいけない」と固執するのは効果が少ないばかりでなく、自信を持てないことにつながります。大学の後はより多様な社会に出ていきます。大学生活という時間の中で、どこでどのように生きていくのが自分に合っているのかを知ることがその後の幸せな人生につながります。学生相談はそのようなことを考えるお手伝いをします。