樋口 実は山下さんのこれまでのご経歴が、私が憧れる職業ばっかりで(笑)。古着屋さんとかデザイナーさんとか、それに絵本作家としてもご活躍されていて。私は本当は芸大や美大に行きたかったんですが、親に反対されて行けなかったんですよ。今日はほかにもいろいろ聞きたいことがいっぱいあるんですが、いいですか?
山下 はい、大丈夫ですよ(笑)
樋口 甲虫がたくさん出てくる『さがそう!マイゴノビートル』(偕成社)もそうですが、生き物がお好きですよね。最近だと『おばあちゃんとかめ――何げに楽しい2匹とのくらし』(KADOKAWA)のカメさんもそうですけど、なんでそんな生々しいものに惹かれるんやろうと思って。
山下 それはたぶん「逆張り」というか…。
樋口 逆張り?
山下 54歳になった今も自分の気持ちを言葉にすることを頑張ってやっているんですが、24歳ぐらいまでは人にうまく気持ちを伝えられなかったんですよ。それで子どもの頃はよく動物園へ行ったり、小学生の頃に2年くらい鹿児島で暮らしていたときは、自然環境がいいところなので毎晩網戸にたくさんの虫がやって来て。それがとにかく楽しくて、そこから本を読んで、実際に昆虫や爬虫類を飼ってみたりしていました。そんなふうに人と遊ぶよりは生き物と接している方が好きになって、今があるのはその延長ですね。
樋口 ああ、だから逆張りなんだ。
山下 なんかそっちに逃げちゃったというのがあるかもしれないです。でも、生き物が好きになったきっかけや理由はそれで間違いないですね。
樋口 なるほど。山下さんの描くイラストがまるで本から飛び出してきそうなので、これは実際にじっくり観察して触ったことがある人の絵やなと思ってました。
山下 絵については、何かを描いて「これ、いいね」と誰かが言ってくれたものが仕事になっているみたいな感じです。今は絵の素材になる写真や動画が簡単に手に入るし、僕よりうまくリアルに描ける人はいっぱいいますが、僕の場合はそこに自分の想像力をプラスして、生き物を「動いているもの」とか「生きているもの」にしようと思ってるんです。絵本の読み手に伝わるものをつくろうとしたときに、やっぱり自分が感じていないものは描けないじゃないですか。だからとにかく、いろいろな虫を自分で捕まえに行って、飼育して、観察して、写真を撮って、最後に標本にするまでをずっとやっていたんです。例えば、ナミハンミョウという美しい虫がいて、意外と身近にいるんだけど、近づくとすぐ、ぴゅーっと飛んでいくからみんな見えてなくて、そう簡単に捕まえられないんですよ。でもそれを捕まえることによって、絵を描くと臨場感が出る。飼育をしていたら、すごい顎を使って食べるところが見られたり、拡大して写真を撮ったら毛がこんなにあるんだとか、そういうことがわかるんです。そうやって少しでも自分の絵が良くなればと思ってるんですけど。
樋口 それはすごいですね。私は大学教員になる前は児童養護施設というところで働いていて、今は主に養育者からの虐待が理由であることが多いのですが、家庭で暮らせなくなった子どもたちと関わってきました。そういう子たちの特徴として、自分が好きなものを堂々と好きと言えなかったり、「どうせ自分なんて…」と無気力になっていたりする子が多かったんです。山下さんがそういうふうに自分が好きなことを今までずっと続けてこられたのはどうしてですか?
山下 どうしてなんでしょうね?(笑)まず僕が出会う子どもって、例えば昆虫館が主催している「虫捕り教室」に来るような子どもたちなんですが、彼らも学校で「虫が好き」とは言えないって言うんですよ。なぜなら、「嫌がられるから」なんだそうです。
樋口 そうなんだ…。
山下 でも、その教室に来ると、みんな「虫が好き」って言えるからものすごく生き生きとしてるんですね。たぶん「好き」って正のパワーというか、良いエネルギーだと思うんですよ。そして、みんながそういうふうにうわーっと「好きだ」「好きだ」と言ってる中で、僕はその一番後ろで静かに盛り上がっている子たちと仲良くなるんです。なぜなら僕自身がそういう子だったので(苦笑)。特に今の時代は多様性が尊重されているから、その「好き」が少数派でも言いやすい環境にあるのかもしれないけど、「好きと言えなくても君の中に好きな気持ちがあることはわかっているよ」と認めてくれる大人がその子の周りにいるといいなと思います。
 あと、自身のワークショップでよく子どもたちから受ける質問が、「好きなことをして食べていく道を選んだ方がいいのかどうか」なんです。
樋口 その問いは難しいですよね。どういうふうに答えるんですか?
山下 確かに好きなことをして食べていくって大変なんですよ。でも、どっちにしろ生きていくだけで大変じゃないですか。
樋口 確かに(笑)
山下 だからあまり強いことは言えないんですけど、やってみて、それでしんどい思いをするならやめたらいいし、でも本当に好きだったら続くだろうし、週末だけやることも素敵なことだと思うし。まずやれる環境があるなら「一度やってから考えたらいいんじゃない?」という話をします。やりたくてもやれない人だってたくさんいると思うんです。僕も学生時代、父に絵の道に進むことを反対されていたんです。それでもずっと続けているから、絵を描くことが本当に好きだったんでしょうね。

大人気キャラが生まれるまで

樋口 それから今日は大変貴重なものを持って来ていただいてますが、そこに見えているミャクミャクについて伺ってもいいですか? 大阪・関西万博の公式キャラクターとしてとんでもない人気になりましたね。
山下 ミャクミャクについては、まず先にあの赤い公式ロゴマークがあって、その後に公式キャラクターの一般公募が2021年の末にあったんですね。それまで公募には一度も参加したことがなかったのですが、関西の万博だし、僕は神戸に育ててもらったし、あと学生の頃から「太陽の塔」が好きでよく見に行ってたこともあって出してみたんですよ。そうしたらいろんな選考を経て、最終的になぜか僕の案に決まってびっくりして。そこから1年くらいかけていろんなポーズを描いたり、デザインガイドの制作や着ぐるみの設計なんかにも携わりました。そういう仕事を2023年の春頃までに納めて、僕の中ではそれで終わったという感じでした。
樋口 えっ(笑)。でも万博が終わった後も大人気だし、完全にレガシーになってますよね。先ほど故郷への恩返しというふうにおっしゃいましたが、もう「お釣り」が来るレベルじゃないですか。

紙粘土で作ったハンドメイドのモックアップ。最初にミャクミャクの立体をデザインするときに作成したもの。

山下 実は普段東京にいると、このキャラに触れる機会が少ないんですよ。だから実際に万博の会場で、自分が描いたミャクミャクがいっぱい使われていてびっくりしたという(笑)。だから2025年に人気が出てどこか不思議な気持ちです。最初は「気持ち悪い」という反応もあったけど、みんなが求めている満点が必ず取れることなんてないですし、デザインやアートの世界でインパクトや驚きを与えたりすることは重要だし。そういう意味では元々あの公式ロゴにインパクトがありました。僕はコンセプトを考えて、公式ロゴマークを少しアレンジして頭にして、そこに体やしずくを付けて「生きている」キャラクターにしただけで。ただ、口の形や表情、動きにはものすごくこだわっています。デジタルっぽく見せたくなくて、アシンメトリック(左右非対称)を強く意識して、「生の線」を感じてもらえるように何度も描き直しました。立体にする際の形状にも、丸みを加えたりして可愛さや動きが出るように細部までこだわりましたね。
樋口 それはなぜなんですか?
山下 なぜかと言うと、そうしないと生き物にならないんですよね。
樋口 なるほど、それが最初の話に繋がるわけですね。ミャクミャクが人の心を捉える理由がわかりました。

AIとどう付き合うか

山下 ただ、僕はデジタルを全然否定するつもりはなくて、2000年から2015年くらいまではずっとパソコンを使って絵を描いていたんだけど、そこから少しずつ離れちゃったんですね。今はAIが台頭してきて、すでに「道具」というレベルを超えつつあるように感じますが、今のところ生成AIには触れたことがありません。YouTubeやTikTokもほとんど観ないんです。これはあくまで僕に関してですが、絵を描くのが楽しくてこの仕事を選んでいるので「自分で描かないでどうするの?」としか思えないというか。仕事の打ち合わせや事務作業にしても、それはあくまで好きな絵を描くためにしなきゃいけないことで、とにかく1日の中で描く時間を増やすためにそのほかのことは必死でぎゅーっと詰めてやっています。どうしても絵が描けない日があったりすると我慢できなくて、時間を死守してなんとか描こうとしますね。例えば水彩絵の具をボタッと垂らした「にじみ」とかって、今ならある程度はデジタル化できると思うんだけど、でもそれってあくまでデータの集積じゃないですか。
樋口 ああ、そうですね。
山下 それよりもっと偶然の産物みたいなもの、たぶん生命の起源とかって絶対そういうところにあると思うんですが、そういうものを何か数値化しようというよりは、むちゃくちゃ小さなことからでいいので、自分の周りに実際に起こった偶然や奇跡を集めて、そこから何かを形にした方が面白いんじゃないかと思うんですよね。
樋口 そういう考えを持っていてくださる大人に出会える子は救われると思うんですけど、出会えない子にはなかなか難しいんですよね。最近だと相談相手はAIっていう子も多いですし。今日着ていく服に悩んだらAIに聞くとか、パートナーについての相談とか。何かそういうことが当たり前の時代の中で、でも人間が生きていく上で大事なこととか、必要な体験ってやっぱりあるような気がします。
山下 僕もそうなんですが、人間って否定されるのが怖いじゃないですか。
樋口 はい。
山下 だからAIに聞く気持ちもすごいわかるし、僕だって人と接していて嫌な思いをすることもある。特に今の若い人たちは、子どもの頃の貴重な時間にコロナ禍を経験して、一方ですごく簡単に匿名で生きることができる世の中になっていて。その中で道具としてのAIみたいなものは必要だけれども、やっぱりそれだけではダメで。とても複雑な世界を生きないといけない。そんな中、絵を描くのにしても文章を書くのにしても、みんなある意味同じ道具を、同じソフトを使っている状況に進んでいくことに、僕はどこかで違和感みたいなものを感じています。原稿用紙にペンで書く方が向いている子もいるはずだし、物事にはいろんなアプローチがあった方がいいと思うし、もし興味があったら「やってみたら」と言ってあげたい。ちょっと調べて終わっちゃうのはもったいないですよね。
樋口 そうそう。ちょっと調べてそれでわかった気になっちゃう。
山下 身を持って知るには時間やお金もかかるし、AIはそれらしい答えを出してくれるけど、そうじゃなくて興味があると思ったらまずやれるというのは、若い人の特権だとは思いますね。
樋口 確かに若いときって時間はありますからね。お金はないかもですけど。
山下 時間って本当は一番価値があるものだから。僕も大人になってわかりました(笑)

絵本が持つチカラ

樋口 ここで少し絵本のことを聞きたいのですが、『きょうりゅうゆうえんち』(ポプラ社)は恐竜が大好きな少年がある日、恐竜だらけの遊園地に招待される話で、これは心理学を学ぶときの教材のヒントになると思うんです。主人公の男の子が最初は悶々としてて、そんな彼が遊園地に行っていろんな体験をして、帰ってきたらちょっと大人になっているという成長の物語ですよね。

山下 そういうふうにしっかり読んでもらえるとむちゃくちゃ嬉しいですね。絵本自体がこの先なくなることはないと思うんですが、まずは「面白いもの」として読者に届けないとスマホやタブレットに代わられちゃいますよね。この本は単純にまず、通常の絵本よりも大判で、タブレットより大きいんですよ。絵本のすごいところは、映画や小説だと3回でも観たり読んだりしたら多いねってなるけど、絵本って何回も読んでもらえるチャンスがあるじゃないですか。でも、一度読んで全てがわかったらもういいやとなるので、何か隠れているかもしれないと何度も開いてみたくなるような絵本をつくりたいというのが発端なんです。でもそれだけだと読み手の感情がついてこない。せめて一部の子にだけでも親近感を感じてもらえたらと、主人公は僕みたいな「自分の好きなことがある陰キャ」にしたんです。そんな主人公のところにある日、「きょうりゅうゆうえんち」から招待状が届くんです。

右『ミャクミャクと… ミャクミャク誕生ものがたり』(フェリシモ)
左『きょうりゅうゆうえんち ダイノ・ロボでサファリたんけん』(ポプラ社)

樋口 こういう絵本は珍しいですよね。実際に本のページの間に招待状の紙が挟まっているものは見たことがないです。
山下 こういったアナログでしかできないアイデアを日頃ずっと考えているんです。この絵本の感想の中で特に嬉しかったのが、「こんなに恐竜が好きなのに、なんで僕には招待状が届かないの?」というものでした。この招待状はファンタジーの世界から現実世界へのプレゼントとも言えるし、物語の中でも主人公がいる世界から別の世界へ行くための装置として、いい意味での「うそ」なんです。読み終えた後、物語の主人公が成長しているとそこに達成感を感じてもらえると思うんですよ。この「時短」の時代に時間を使って絵本を読んでもらうわけだから、作品には必ずそういう思いを乗せたいと思っています。
樋口 主人公の「りゅう君」は初めは何かとイライラしていて、その招待状を持って別の次元の世界に行くんだけど、その先でいろいろな体験をして帰ってきてから友だちに「ごめん」と言えるようになるんですよね。
山下 まあ意外と簡単に言っちゃうんですけど(笑)
樋口 いや、でもこれってすごく心が育った経過が描かれているんですよ。変化のすごさがここに詰まっているというか。「りゅう君はどうして友だちに謝れたのか」を考えることは、心のことを学ぶ教材としてすごく素敵だと思ったんです。
山下 ありがとうございます。あと、今は「伏線回収」というものがものすごく流行ってますよね。その伏線が回収される気持ち良さは間違いなくあるんだけど、僕は回収されないものがあってもいいじゃないかと思うんですよ。結局、伏線回収って答えが決められちゃっているということだし、今は「これは伏線だよな」とか「何かのフリじゃないか」と読み解くことが先みたいな時代になっているじゃないですか。
樋口 「これは後で何か来るな」とわかったり、「フラグが立った」みたいなことですね。
山下 そういうのはエンタメとしてはむちゃくちゃ面白いし、僕も大好きではあるんですよ。だけど、読み進めたストーリーの果てに、いくつかの答えみたいなものが想像できて、「これってどういう意味なんだろう?」と少し立ち止まって考える。さすがに昔のフランス映画のように難解だと子どもはついて来られないけど、後から考えたり振り返ったりできる「余白」をつくっておくことが、僕は自分の絵本に関してはいいと思っています。まずは何度も楽しんでもらえる、純度の高いもの、熱量の高いものを自分なりに生み出さないと生き残れない。僕は今50代だけど絵本作家としてはまだまだだし、この先も描き続けられるように、体力のあるうちに今は細かい描写のものをたくさん描きたいと思っています。
樋口 もうすでにたくさん描かれていると思うんですけど、それでもまだまだなんですね。

やりたいことに「魂を込める」

樋口 では、これからのことを伺ってもいいですか。これは絶対にやりたいってことや、将来のビジョンのようなものってありますか?
山下 先のことは特に計算はしてなくて、今日やることと1週間でやること、その先の1年でやることと10年でやることぐらいを考えながら仕事をしている感じですね。要は自分がイメージした以上のことにはならないと思っていて、なりたい自分とか、こうなったらいいなとかって、やっぱり自分でつくっていかなければならないと思うんですよ。生きていくのってそんなに甘くなくて、まず食べられることが大事で、そして人間関係やらいろんなことが大変だから(笑)。とにかく自分の頭の中にあるやりたいことの中から本当にやりたいことをイメージするようにしています。一つ決めていることは、絵を描いて食べていくということです。それを可能な限り絵本で、でもそれだって読んでくださる方がいないと続けられないですからね。
 樋口さんは普段、大学で教えているわけですが、授業に魅力があるとか、先生に魅力があるとか、そういうことがないと学生が続かないですよね。
樋口 はい、続かないですね(苦笑)。例えば、「心の仕組みはこうなってます」「メカニズムはこうです」という結論だけではダメで、そこまでのプロセスが面白くなっていないと、人は学ぼうとしないという苦労はありますね。

山下 全体の中で自分が一番伝えたい内容と、それを聞いてもらえるような仕掛け。それを「仕掛け」と呼んだらあまりよくないかもしれないけど、やっぱり興味を持ってもらうことが大事で、たぶん先生のような人に教える仕事ってそれが一番だと思うんです。僕なんかでも最近思うのは、ちゃんと若い人に伝わるようにしなければいけないということですね。僕の中に学んでもらえるようなものがもしあれば、それは次の世代に伝えなければいけないのかなと。絵本でもデザインでも何かを伝えるためにやっているわけで、要するに思いが伝わらないとダメなわけじゃないですか。それって世界中が同じ方向に向きがちな今という時代の中で、すごく難しいことだと思っています。

樋口 私は絵本やデザインのような何かしらの作品の拡がりって、人と人が繋がり合ってこそだと思うんですけど、でもやっぱり作品自体に力がないと、人も繋がっていかない気がするんです。そのあたりの加減というか、ある程度クオリティの高いものを商業ベースで続けていていくことについて意識していることってありますか?
山下 言葉にすると本当に格好悪いと思うんですが、もうとにかく魂を込めて描くという、ただそれだけだと思ってます。もう10年以上前になりますが、『ばななせんせい』(童心社)という絵本の絵を描くことになって、文は得田之久先生という当時70歳代の大ベテランの先生だったんですよ。それはそれは素晴らしい文章で、でもそれに絵を描くのがとても難しくて。つまり文章はイメージを伝えるものなんだけど、絵は完全にできあがった形を届けないとダメなんですね。そのイメージと完成形の間を埋めるのが僕の仕事で、それは面白いことでもあるんですが、当時の僕は力がなくて、その難題に頭を抱えることになりました。それで必死になって考えて、それこそ100通り描いて、何度も何度もリテイクを受けながら1つを選んでいくわけですが、僕にとって「魂を込める」ってそういうことなんですよ。そういうことを続けていると、最近ちょっとだけわかってきたのが、僕は決して自分の腕がいいとは思っていないんだけど、それでも線に神が宿る瞬間があるというか、そういうことが起こるわけです。うまい絵を描くことを昔は追求していたんですが、うまい絵はうまい絵ですごいんだけど、いい絵を描くとなるとそれは数値化できなくて。少なくとも僕の場合は描き続けていないとそこには到達できないと思っています。きっとそこから出てくるのが個性で、その個性を磨くためにはまず続けていないとダメだし。そういう意味ではここまで続けてこられてよかったなと思ってます。

樋口 これまで「うまい」と「いい」の違いをあんまり考えたことがなかったです。
山下 大人はまず「うまい絵」に惹かれるんですよ。ところが子どもは「うまい絵」より、自分にとっての「いい絵」が好きなんです。先ほど言ったように頑張って描いた『ばななせんせい』はちゃんとそれなりの結果も出たんです。自画自賛ですが今見ても可愛くていい絵だなって思います(笑)。そういうものにきちんと反応してくれる子どもたちが、本当はすごいんですよ。
樋口 ミャクミャクも子どもに大人気ですよね。やっぱりあれだけみんなが知っているキャラクターをデザインされた方に、自分が生きているうちに出会えたことに今改めて感動してます。

山下 いえいえ、とんでもないです。ミャクミャクについては、与えられた課題の中である種の正解を導くことができたと思っています。最初は奇抜で伝わらなかったかもしれないけれども、最後はやっぱり絵の力で思いが伝わったのかなという感じです。ミャクミャクは自分のキャラクターデザインの仕事の中で、ある種の到達点だと感じますが、今度はもっと自分だけのイメージやメッセージを使って、何か伝えるものを生み出さなければならないですね。やっぱり大阪・関西万博のキャラクターだからみんなに知ってもらったというのは間違いなくて、僕が1人で何かやったところでこれだけ知ってもらえることはないですから。
 ただ、子どもに好かれる、みんなに愛されるキャラクターになったことはとても嬉しいですね。でも流行は早いから、そのうち別の人気キャラが出てきてみんなそっちに流れていくんだろうけど。ミャクミャクも心のどこかに残ってくれたらいいなと思います。
 そういえば、この前友人と居酒屋で呑んでいたら、後ろの席から「ミャクミャクってなんで売れたんだろうね」と大きな話し声が聞こえてきたんですよ。おそらく関係した企業の方々のようでしたけど。
樋口 (苦笑)そんなことがあるんですね。
山下 僕は黙ってそれを聞きながら「それは魂を込めたからだよ」と心の中で思ってました(笑)
樋口 私は児童福祉の仕事をしていた関連で里親家庭や制度に関する絵本(『どうして?――あたらしいおうちにいくまでのおはなし』遠見書房)をつくったことがあるんですね。今、里親制度は様々な点で動いて来ていて、社会的養護において子どもを施設に入れるよりも里親さんに委託するというプランが推し進められているんですが、まだまだ海外と比較すると里親さんの認知度が低くて…。もっと里親家庭を世間一般に知ってほしいな、何か力になれないかなと考えて。それで文章にするよりも絵本の形にする方が読んでもらいやすくていいかもと思ったんです。ただ、自分でストーリーは書けても絵は描けないので、イラストを描ける方に依頼して絵の力を借りようとしたんですが、さっきも山下さんがおっしゃっていたみたいに、そこにはイラストレーターさんにとっての生みの苦しみがあって。それって魂を込めてやってくれるからこそなのだなと感じました。
山下 今も世界の国々では戦争が起こっていたりして、その中で日本は平和だと言われるポジションに位置づけられていると思うんですよ。
樋口 平和じゃないとなかなか万博はできないですもんね。

山下 例えば、僕らの親の世代は戦争を経験しているけど、自分たちはしていない。でも僕は神戸で震災を経験したので、明日起きたときに大好きな街が壊れてしまうということや、絵を描くことすらできない時期があって、そこでやりたいことをやれない辛い経験から好きなことをやれる幸せを学んだんです。そうしたことが今の自分の原動力になっているんですね。毎日好きなことをやるにはどうしたらいいのかという考えの下に生きていて、でも実際はそう簡単にはいかないんですけど。だからこそ、自分は本当は何が好きなんだということを探求しなければならないんです。よく「○○が好きでやってみたいんだけどなあ」というのはみんな言うじゃないですか。

樋口 言いますね。
山下 でもなかなか始めないですよね。
樋口 その考えは、やっぱり震災というぎりぎりの体験の中で、やりたいと思ったらすぐやっておいた方がいいと思ったということですよね。今のお話はかなりそれと地続きな気がします。
山下 そうですね。本当に、毎晩そう思ってますよ。
樋口 毎晩ですか?
山下 日本は地震も多いし、明日はもうできないかもしれないって本当にいつも思いますよ。明日これが描けないんだったら、今日描いておかなければって。
樋口 それだと寝られないですね(笑)
山下 だから仕事ばっかりしています(笑)。まったく自慢にはならないのですが1年に数日休むくらいで、朝起きてから夜中の2時くらいまでずっと何か描いたり作ったりしています。きっとそれだけ好きなんですね。
樋口 すごいですね。「好き」を超えている気がしますけど。「好き」の向こう側みたいな。
山下 いや、だからたまに休む努力もしたりして、この前は旅行で福井の恐竜博物館に行って、縄文遺跡にも寄って、その道中で虫を探してました。もちろん家族に気を遣いながらですよ(笑)
樋口 うんうん、子どもの夏休みみたいな。
山下 そういう時間の中から次のアイデアが生まれてくるのがまた不思議なんですよね。

山下浩平(やました・こうへい)
デザイナー・絵本作家。1971年熊本生まれ、神戸育ち。大阪芸術大学美術学科卒業。グラフィックやキャラクターを中心としたデザイン制作をおこないながら、絵本や児童書などの創作をおこなっている。『ちびクワくん』(ほるぷ出版)、『ミャクミャクと… ミャクミャク誕生ものがたり』(フェリシモ)など著作多数。2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)公式キャラクターデザイン最優秀賞受賞。ミャクミャクの作者としてデザインやイラストレーションなどを制作。プロフィールや着ぐるみの設計にも携わる。

樋口亜瑞佐(ひぐち・あずさ)
大阪公立大学現代システム科学研究院准教授、博士(人間科学)。臨床心理士、公認心理師。社会的養護における心理支援を専門とし、被虐待児の遊戯療法(プレイセラピー)や社会的養護経験者のアフターケアの臨床実践や研究に従事するほか、セクシュアル・マイノリティ当事者および家族支援、調査活動等も行っている。主な著書に『施設で暮らす子どもの生活と育ちを支えるケアワーカー――子どものケアとセルフケアのために』(福村出版、2025、共著)、『どうして?――あたらしいおうちにいくまでのおはなし』(遠見書房、2022、単著)等。児童養護施設心理職、愛知教育大学准教授を経て、2024年4月より現職。

第19巻第1号(通巻36)

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