松本 岐阜大学で臨床心理の教員をしている松本といいます。今日は西坂さんにお会いできて大変光栄です。
西坂 ああ、うれしいです。よろしくお願いします。
松本 今日はお伺いしたいことがたくさんあるのですが、まず簡単な自己紹介をさせてください。私は生まれは横須賀で、学生時代は大阪で心理の勉強をして、その後しばらく大阪で、主に子どもの心理支援に関わる心理職として働いていました。社会的養護で働いている同僚もたくさんいました。そして、2017年に岐阜大学の教育学部に採用されて岐阜に移ったんです。そうすると、社会的養護に関わる心理職はもちろん岐阜にもいるのですが、希望する人は少なくて、ああ、こんなに都心部と地方都市で関心の度合いが違うんだなと感じたことがありました。たとえば、学生たちに児童養護施設での仕事を勧めても、「ボランティアでするのはいいけど、就職して働くのはちょっと…」という反応が多くて。西坂 ああ、その感じはすっごくよくわかります。
松本 そこで思うのは、やっぱり自分の仕事として選択して自分の人生をかけるといったときには、自分の中を大きく突き動かすものが必要になってくるんですね。そんなときに西坂さんの映像作品や絵本、それからYouTubeでの発信といったものが、まさに人の心を動かすんじゃないかと私は思ってるんです。
西坂 そこまで言っていただいて本当にうれしいです。普段は誰が観てくれているのかわからないと思いながら活動しているんですが、こうやって地道に続けているとキャッチしてくれる人が少しずつ出てきて…。出会った人から「自分の置かれている環境が虐待だとわかったので自分から児童相談所に連絡しました」とか「今度、施設で働くことになりました」と言われることが増えてきました。
松本 虐待や社会的養護って非常にマイナーなもののように思われているんですけど、実際のところは多くの人に関係しているテーマですよね。
西坂 はい、本当にそう思っています。
松本 早速、作品のことをお聞きしたいんですが、西坂さんが最初に社会的養護をテーマにした『レイルロードスイッチ RAILROAD SWITCH』は、ある芸人が自身の児童養護施設での体験を漫才のネタにするかどうか葛藤するストーリーでした。「自分は笑われたくないんだ。人を笑わせたいんだ」とためらっていたわけですが、大切な人に笑ってほしかった気持ちを思い出し、「笑ってくれるならどっちでもいい」と決意して人前で披露することになります。そこには西坂さん自身の葛藤というか、映像作家として施設のことを題材にしていくのかどうなのかみたいな迷いも含まれていたように思ったのです。

西坂 僕自身が児童養護施設にいたのは小学校5~6年生の頃だけなんですが、そのときすごく将来に絶望したし、施設から出て消息不明になったり、中には自殺したり、犯罪を犯したりする人の話を聞くような感じでした。当時は、これは何とかしないと、これは環境の問題じゃないかとすごく思っていたんですね。ただ、それをそのまま伝えても伝わらないというか、誰も聞いてくれないと思って、映画という作品にして、登場人物もお笑い芸人にして、ちょっと面白いコメディとして描いたらかどうかというコンセプトがずっとあったんです。

西坂 今、松本さんがおっしゃったように、自分のそういう生い立ちが恥ずかしい、施設にいたことは人に言いづらいみたいな思いは、まさに僕自身も抱えていたというか。そういうことをカミングアウトしたときに、みんなが黙っちゃうみたいな空気を何度も経験すると、ちょっともう言えなくなっちゃうみたいなことはありました。決して自分が悪いわけじゃないんですけど、何かそういう劣等感みたいなもの、さらに自分のことを肯定できない自信のなさみたいなものがずっとあって…。ただ、僕の場合は、勉強はすごく苦手だったんですけど、映像とか絵本とか、そういったものを通して人とコミュニケーションがとれるようになって、そこからいろんな可能性が広がってポジティヴになれたということがあります。
松本 西坂さんの場合は施設を出た後、映像の世界に入って、その仕事を一生懸命されてきたと思うんですが、ふとした瞬間に「そういえば、一緒にいたあの子たちってどうなったんだろう」と振り返るタイミングがあったということですか。
西坂 僕は、児童養護施設に入る前までは自分の家庭が世界で一番不幸だと思っていたんですね。でも、入ってみたらもっと悲惨な虐待を受けている子がたくさんいて、「僕なんてましな方だったんだ」と気づいたんです。さらに施設を出ても親を頼れないし、社会も助けてくれないみたいな若者たちの現状についてはずっと気になっていました。本当にたまにですが、施設の職員の人に連絡を取って様子を見に行ったりもしました。それほど、僕の人生の中ですごく強烈だった体験だったんです。
松本 先ほどの『レイルロードスイッチ』の中には、施設に入っていたことは忘れたい、もう振り返りたくない、という人物も登場します。もう触れたくないという人と、西坂さんのように何かがずっと引っかかっている人の違いってどこにあると思いますか。
西坂 本当に僕個人の思いだけになっちゃうんですが、僕は当時、すごく怒りを持っていたんですね。この世の中とか、この世の中をつくる大人たちに対して不信感と怒りがすごくて。だけど、誰にもそういうことは言わないでずっと心の中に閉まっていました。大人とは距離を置きたいし、触れてほしくないし、近づいてほしくないみたいな。
 それで2005年くらいに上京して映画学校に通って、夢だった映画の仕事に就くことができました。で、映画監督と絵本作家になりたいと思って、アルバイトをしながら作品をつくって、それをウェブにアップするみたいなことを続けていたんです。そんなときに東日本大震災があって、故郷が大変だということで少し帰ったら、全国から思いのある人が集まってきていて、そこで起きている問題を次々と解決していくんですね。そのプロセスを目の当たりにして、大人が本気を出すと本当に変わるということを知りました。
 それまで何となく、大人って嫌だな、汚いなみたいに思っていたんですけど、それは違うんだ、本気で取り組む大人もいるとわかって、そこで価値観が反転しました。

作品に寄って何を、どう描くか

松本 西坂さんにぜひ伺いたいのは、映像や絵本、YouTubeといった媒体の力、メディアの力についてです。こうしたものにすごく力があるのはわかる一方で、力を持つためにはある種、恥ずかしい、他人に見てほしくない部分も出していくことになると思うんですね。私がいる心理臨床の世界でも、苦しんでいる人たちの物語、そうした人たちの回復の物語に私たち心理職が寄り添わせてもらっていることによって発展してきた部分があると思っています。ただ、そこには人の苦痛を材料にしていることへの葛藤もやはりあります。

西坂 『レイルロードスイッチ』については、特に「笑い」を通して描くことに、相当怒られるだろうなという覚悟がありました。実際のところ、批判はいろいろとありましたが、怒りの反応というのはそこまでなかったです。ただ、すごく嫌な思いした人は直接言ってこないし、馬鹿にしているんじゃないかと感じた人もいると思います。でも僕が「笑い」を使ってでも伝えたいと考えているのは、私たちの足元に私たちが見なきゃいけない社会課題がいっぱいあるからで、みんなに関心を持ってもらうためには何らかのフックが必要だからなんですね。映像というメディアを通して、体験者である僕の視点から見えたものを伝えられると、それがうまくいくんじゃないかと思ったのが、この作品を作った発端にあります。

松本 『母娘—おやこ—』という作品では、難しい母子関係で育った主人公えりかが、母として子育てに苦慮する友人を見て、過去の母を思い出して苦しくなります。しかし、その後、その友人と子どもに対して、奇妙な生活を通して関わり、支えていく姿が描かれてますね。多くの人は「安易に手を出しちゃいけない」とか「相手だって触れてほしくないはず」とか「継続的に力になってあげられるわけじゃない」といって引くところですよね。
西坂 おっしゃるように、普通は踏み込めないという人が多いと思うんです。でも、やっぱりその友人は孤立している状態なので絶対に誰かの助けが必要なんですね。そんなふうに、親だからしっかりしないといけないみたいな社会的な圧力の中で、親子が一緒になって傷ついている状態が日常にありふれすぎている。虐待は日常的に起こることだし、少しずつエスカレートしていって、いつの間にか虐待になるケースもものすごく多いです。
 本当に日本の子育て環境を変えないと、虐待ってなくならないと思っていて、この作品の中で主人公が「やりたいからやっているの」と言うシーンがあるのですが、支援までいかなくても、みんなが当たり前に手を差し出せる社会だったら虐待の数はすごく減るんじゃないかと思ってます。

発信の中にある葛藤

松本 西坂さんはそういう映像作品のほかにも、YouTube動画を通して社会的養護の当事者や関係者の声を発信する活動も続けられていますよね。その手応えやパワーみたいなものは今どんなふうに感じていますか。
西坂 最初にYouTubeを始めたときは、本当に関心がある人にとにかく届けばいいと思ってやっていたんですけど、それが大学の授業や施設の職員研修に活用されたりして当初は思っていなかった広がりを感じています。もともとは映画作りの取材のために当事者の方々にインタビューしていたら、僕自身も当事者なので、「じゃあ一緒にYouTubeをやろう」みたいな感じで始まって、もっとダイレクトに社会に伝える方法を発見したという感触がありました。
 どうしても僕たちのことって、メディアで切り取られるときによりセンセーショナルな注目を集める見出しになっていたりして、かなり当事者たちが傷ついたり、インタビューはもう絶対受けたくないみたいな子たちもすごく多くて。そこで僕たちが発信する側をやるのであれば、本当にその子たちととことん話し合って、観てくれる人に何を知ってほしいのかという話を重ねて、そういった「自分だったら伝えたい何か」を深掘りして出てきたものを取り上げるようにしています。

松本 そこまでの準備というか、相手との関係づくりが重要なんですね。心理臨床の世界も、やっぱり苦しんでいる人たちのプライバシーというか、それをいたずらに広げてはいけないという配慮がずっとありました。ただ、最近になって大きく変わってきたところもあって、結局のところ苦しんでいる人の力になろうと思ったら、何か閉じた世界の中だけでやっていくには限界があるとわかってきたんですね。なぜならカウンセリングを受けるという行為だって、そこまでたどり着ける人、たどり着いて金銭的な負担も受容できる人というのは限られているわけです。であれば、むしろ心理臨床の方が社会に出ていって知ってもらわないといけない。

YouTubeチャンネル「THREE FLAGS -希望の狼煙-」児童養護施設出身の3人の視点から社会を考え、新しい未来を作るための”声”を発信する番組(www.youtube.com/@THREEFLAGS)

 でも、多くの人に知っていってもらいたいとなったときに、そこには大きな壁があって、先ほどの『レイルロードスイッチ』のように、関心を引くためにはお笑いのようなフックが必要で、ただそこで何かを茶化して描いてはいけない。しかし、テーマや題材があまりにヘビーであり続けたら、多くの人が入ってこられないという…。そこにすごく葛藤があるんですけど、西坂さんはどうやって乗り越えられているんでしょうか。
西坂 そこはめちゃめちゃ難しいですよね。僕はたまたま自分が当事者だったから、そのバランスが直感でわかるみたいなところがあるとしか言えないです。「これはやっちゃダメだ」とか「それは踏み込み過ぎだ」とか。「これをなぜ出すのか。それはこの社会の側に変えるべきものがあるから、これは出すんだ」とか。もちろん僕たちがインタビューをする場合は、本人と話して、本人の考えを聞いて、どこまで出すか、何を出すかを判断するのは大前提としてあります。
 もう一つ思っているのは、いたずらに興味を引かなくてもいいのかなというのはすごくありますね。もともと少しアンテナを張っている人ぐらいに届けば十分というか。もっと遠い人に向けて「こっちだよ」というときは飛び道具を使うこともアリかもですが、僕たちがやっているTHREE FLAGSの活動の中では無理しないというか、センセーショナルな見出しはつけない。もちろんそれで見てくれる人はいるかもしれないけど、そういう人たちはたぶん興味本位で終わっちゃうからあんまり意味ないなと思っています。

松本 確かにそうですよね。ちょっと手を伸ばそうとしている人に届けばいいですよね。今回、私が西坂さんと対談させていただくとなって、私自身は児童養護施設で常勤で心理職として働いたことがあるわけではないんですね。そうした施設との関わりはあるけれども、どっぷり入ったことはない。そんなお前がこんな対談に出ていいのか、という批判に対する恐れみたいなものが実はあったりするんです。西坂さんも施設にいたのは1年か2年で、そういう批判というのは…。
西坂 ああ、よく言われます。短いと。でも、「そうですけど何か」という感じですね。そんなことよりももっと大事なことを発信しているつもりなので。自分が何か知ったかぶりをして、それを披露しているわけではなくて、伝えたいことがあって、それを伝えることで社会が変わってほしいという、自分が価値があると思ったものを発信しているので。
松本 なるほど。そういう思いからなんですね。私が今回、たとえ批判を受けてでも対談をやろうと思ったのは、何かこういう領域で力になりたい、先ほどの表現だと手を伸ばそうとしている人たちって実はいっぱいいるんじゃないかと思うんです。けれども、自分は当事者じゃないとか、関わりや繋がりがないといったところで、本当は力になりたいと思っているんだけれども、一歩引いてしまうみたいなことがあるんじゃないかと思ってるんですね。

 確かにそうですよね。ちょっと手を伸ばそうとしている人に届けばいいですよね。今回、私が西坂さんと対談させていただくとなって、私自身は児童養護施設で常勤で心理職として働いたことがあるわけではないんですね。そうした施設との関わりはあるけれども、どっぷり入ったことはない。そんなお前がこんな対談に出ていいのか、という批判に対する恐れみたいなものが実はあったりするんです。西坂さんも施設にいたのは1年か2年で、そういう批判というのは…。
西坂 ああ、よく言われます。短いと。でも、「そうですけど何か」という感じですね。そんなことよりももっと大事なことを発信しているつもりなので。自分が何か知ったかぶりをして、それを披露しているわけではなくて、伝えたいことがあって、それを伝えることで社会が変わってほしいという、自分が価値があると思ったものを発信しているので。
松本 なるほど。そういう思いからなんですね。私が今回、たとえ批判を受けてでも対談をやろうと思ったのは、何かこういう領域で力になりたい、先ほどの表現だと手を伸ばそうとしている人たちって実はいっぱいいるんじゃないかと思うんです。けれども、自分は当事者じゃないとか、関わりや繋がりがないといったところで、本当は力になりたいと思っているんだけれども、一歩引いてしまうみたいなことがあるんじゃないかと思ってるんですね。 それから今日の冒頭で、社会的養護の心理職に就くことに躊躇する学生の話をしましたが、私たちって理由を探してしまうんですね。自分がこの仕事に就くのはこういう理由があるからだ、となったときに、自分は児童養護施設に入ったこともないし、関係もないから理由がない。私としては、そういう理由探しが重要じゃなくて、何か惹きつけられるとかという気持ちで十分だと思うんです。

西坂 その点はすごく大事ですよね。理由なんてあとからいくらでもつけられると思いますし、人間の面白いところって本当に湧き上がってくるものが表に出てしまうところで、それだっていろんな解釈ができますよね。表現する者としては、何かちぐはぐで、理にかなってなくても、そういう何かがあればそれでいいというか。
松本 うんうん、そうですね。心理臨床家というのはクライエントがその人の人生を歩んでいく理由みたいなものを知りたがってしまう生き物かもしれません。なので、どうしても自分自身の人生を考えるときにも、理由を先につくっちゃうというところがあります。でも理由なんて、だいぶ後になってみないと本人にもわからないですよね

心のケアの必要姓

松本 ちょっと話が変わりますが、児童養護施設に心理職が入り始めたのは1990年代くらいからなんですね。西坂さんはこれまでのお仕事の中で、いろんな人に出会われてきたと思うんですけど、心理職についてはどんな印象がありますか。
西坂 僕が施設にいたときは、時代的にぎりぎり心理の職員の方はいなかったんですよ。もしいたら、自分がどう変わっていたかに興味はあるんですが、今思うのは、絶対に必要なのに圧倒的に数が足りていないということですね。本当にみんな、心理的なケアが必要な子どもたちばかりなのに、ケアが足りなくて大人になってから苦しんでいる。僕が関わってる若者たちも、子どものときにちゃんと信頼できる大人に出会っていたり、受け入れてもらう体験があれば、今ホストにハマることはなかったんだろうなとか、愛着形成でつまづいてなければもっと違ったんだろうなとか。僕は素人なので、こういう見立ては間違ってるかもしれないですが。
 一方で、そこで働いている職員の方に対してもケアが必要だと思います。やっぱり周りにいる人が健やかに生きられるかどうかで、子どもへの影響がすごく変わるなというのは日々感じています。
松本 社会的養護の心理臨床といったとき、まず真っ先に子どもたちへの提供が出てくるんですが、確かに職員のケアの重要性は大切ですね。ただ、その中に入っている職員がほかの職員もケアするというのは、現実的にはやっぱりなかなか難しい感じがありますね。だから、形としては外側から職員を支える、そういう外部の人間が必要だと思って、私は活動しています。
西坂 素晴らしいですね。すごく大事なことだと思います。本当に子どもたちって大人をよく見ているんで、大人同士がちょっと仲が悪いとか連携がうまくいっていなかったりすると、力のある大人のほうに寄っちゃったり。要は大人の不安定さにすごく影響されてしまうわけで、職員側のメンタルが崩れてしまうと一番の被害を受けるのは子どもたちということになりますよね。
 一番いいのは職員たちがみんな元気で、子どもにとって日々理想的な養育環境をつくることだと思うんですが、本当に傷ついている職員がすごく多くて…。思いがあっても傷ついて辞めてしまうという職員さんに今までたくさん会ってきて、本当にもったいないというか、一生懸命されている方ほど体調を崩してしまうのもよくありますよね。本当に何とかしないといけないと思うんですけど。
松本 本当にそうだと思います。職員が疲れていると、子どものちょっとした言動や変化に気づくことができなくなるんですよね

その人の未来を変える力

松本 今日はせっかくの機会なので、もう少し我々の耳が痛くなることも聞いておこうと思っています。西坂さんから見て、社会的養護の心理臨床の更なる課題であったり、こういうふうにしていってくれたらいいんだけど、という要望のようなものはありますか。

西坂 おこがましいにもほどがあるんですが、子どもと心理士の方の相性ってすごくあるなあと思っています。その心理士と合わないことで、その子の傷つき体験になるみたいなケースをよく聞くんですね。今思い出しただけで何人も顔が浮かびます。といっても、これは相性の話だからしょうがないんだろうけど、何でそういうことが起っちゃうんだろう、何か防ぐ方法はないのかなと思いますね。心理士さんそれぞれに個性があるからこそ、違ったところに気づけるということもありますし。

松本 そこは難しいところですが、臨床の専門的な技量とは別に、性別や年齢もありますし、心理職1人1人の人生というか、その人の培ってきた価値観みたいなもの影響することはあるだろうなと思います。あと、やっぱり大きいのは、心理職が複数人になりにくいことですね。最近になって児童養護施設に心理職が常勤で入るということが出てきましたけれども、1人を常勤にすると、もうそれでいいということになりがちで、そうするとその人が全部をやらなければいけなくなるんですね。常勤化が進むことはいいことではあるんですが、やっぱりそこで複数人を入れることにならないと、先ほどの子どもとの相性みたいな問題が出てくることになります。
西坂 そういう理想的な環境というか、ハード面の充実を図るにはどうしたらいいんですかね。
松本 私が今いる岐阜県でも複数人を常勤にしたいという施設の話はいくつか聞くんですよ。ただ、地方だと募集を出しても来てくれないという問題があったりします。国や政治に働きかけることも重要ですが、まずは「できる人」を増やしていかないとどうにもならないですよね。だからこそ今回のような対談を通して、その仕事の魅力を発信できたらと思っています。
 それから今日の対談の中で、私がすごく印象に残ったのは「手を伸ばしている人に届けばいい」「あまり無理をしない」ということですね。これはすごく素敵な考え方だと思いました。

西坂 ああ、それはよかったです。でも、考えれば考えるほど、児童養護施設の心理職員って日本一必要だと思いますね。それをどう伝えればいいんだろうと考えながら聞いてました。
松本 私が関わっている施設の職員さんによく言っているのは、ここで皆さんが子どもたちに関わって、子どもたちがいろいろ回復していったり変化していったりすることは、その子どもたちだけに波及することじゃないですよということです。たとえ辛くて大変だった時期があったとしても変わることができた、この人たちによって変われた、と経験できた人がいることで、社会全体、地域全体の安心感というようなものに繋がっている。目の前にいる人だけではなく、その先にも繋がるすごく大事な仕事なんです。
西坂 本当にそうだと思います。若者たちと日々関わっていて、毎日そう思うくらいですね。この子は大変な目に遭い続けて、ケアもあまりされない状態で、ここまでやっとたどり着いたんだなとか。それでも手を伸ばしてきたり足を運んでくれるから繋がっているけど、残念ながらそうではない子も多いです。あとから悪い噂を聞くこともありますし、もっと早い段階でケアを受けていたら…と本当に思いますね。
 やっぱり大人になってからできることってすごく少なくて、しかもその子が求めてくれないと、こちらが支援しても受け入れてくれないし、そもそも私は支援なんて受けないみたいな子も多いんですね。いや、でもこのままだと絶対ダメじゃんという子もいるんですけど、その子がこちらを受け入れて信じてくれないと力にはなれないんです。

 虐待されて保護されたときに、必要なケアを受けて環境さえ変わっていたら、まだ今も生きていてくれたんじゃないかという子たちが確実にいます。施設の職員や心理職の方々は、そういった未来に起こり得る不幸を変える力を、その後のその子の人生すべてを変える力を持っているというか。そういう意味でも、本当に日本で一番必要とされている仕事だと思いますね。
松本 最後に力強いメッセージをありがとうございます。あっという間の時間でした。
西坂 本当にあっという間でした。こちらこそ、ありがとうございます。

YouTubeチャンネル「THREE FLAGS —希望の狼煙—」児童養護施設出身の3人の視点から社会を考え、新しい未来を作るための“声”を発信する番組(www.youtube.com/@THREEFLAGS)

西坂來人(にしざか・らいと)
映像作家・絵本作家。1985年、福島県生まれ。幼少期に児童養護施設で過ごした経験を持つ。新聞奨学金で映画学校を卒業後、特撮の美術助手を経て2014年に独立。監督作『The Benza』は国内外で多数受賞し、世界配信されるヒットとなった。現在は自身のルーツを活かし、社会的養護をテーマにした映画制作やYouTube、施設でのワークショップなどを通じて社会課題の解決にも力を注いでいる。

松本拓真(まつもと・たくま)
岐阜大学教育学部准教授。博士(人間科学)、臨床心理士、公認心理師、子どもの精神分析的心理療法スーパーバイザー。岐阜を中心に「ここあプロジェクト」を推進中。主な著書に『自閉スペクトラム症を抱える子どもたち』(金剛出版)、『子どもの精神分析的セラピストになること』(共編著、金剛出版)がある。


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