2016年9月からの4年間、私はニューヨークのホワイト精神分析研究所で対人関係/関係精神分析の訓練を受けるために、家族と共に米国で過ごした。渡米後、小学生の我が子たちは現地の子どもたちとともに学ぶ公立の学校に通うことになった。私が渡米する前から一番心配していたのは、英語をまったく話せない二人が学校に適応できるのだろうか?ということだった。ところが、である。現地校ではENL(English as a New Language)を教える先生が、米国外からやってきた子どもたちへの合理的配慮として、毎日のように彼らの英語力に応じた言語指導をしてくれて、子どもたちは大概、小学生であれば半年もあれば現地の子どもたちと対等にコミュニケーションを取れるようになり、その後1~2年経てば授業をほぼ理解できるようになるとのことだった。そして、我が子たちもそうなった! これは私にとって、大変衝撃的なことだった。「公平(equity)」に教育を受けるということについて、随分考えさせられた。なぜならば、日本では海外から来た日本語を話せない子どもがクラスに入ってきても、上記のような手厚い言語指導がなされず、家庭でも日本語を話す機会に乏しい彼らは日本語の習得が遅々として進まないため、数年経っても授業についていけないことが往々にしてあると聞くからである。
 しかし、近年では日本でも「合理的配慮」が叫ばれるようになり、社会全体で「平等(equality)」よりも「公平(equity)」ということが重視され、個々の特性や環境に合わせた対応がなされるようになってきた。日本心理臨床学会を「公平」という観点から見てみると、たとえば対面の学会は横浜と神戸で開催されるなど、研修機会が必ずしも「公平」であるとは言えない現況がある。しかし、コロナ禍以降のWEB配信による学会企画の提供、地区研修会の開催など、研修機会に関するさまざまな改善がなされてきている。今後は「公平」であることを今まで以上に意識した学会運営について、学会員のみなさんとともに検討できればと願っている。

第19巻第1号(通巻36)

第19巻第1号(通巻36)

広報誌アーカイブ