はじめに

 私は刑務所という現場の中で、処遇カウンセラーと言われる立場から受刑者へのカウンセリングに携わっています。刑務所とは、矯正施設という国の機関における刑事施設の一つで、他には少年刑務所や拘置所も刑事施設となります。このような刑務所において、犯罪を起こして収容されている受刑者に対して、カウンセリングを行うことが私の仕事です。

処遇カウンセラーとは

 二〇〇七年六月に「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」が施行され、一九〇八年から刑事施設で運用されてきた「監獄法」が全面改正されました。法律が変わることで、受刑者の社会復帰に向けた処遇の充実が言われるようになり、矯正処遇は従来の作業に加えて、改善指導や教科指導が導入されるようになりました。
 この法律改正の中で、受刑者の処遇について民間の専門家が活用されることになり、心理の専門資格を持つ民間のカウンセラーも処遇カウンセラーとして携わることになりました。処遇カウンセラーとは、矯正施設で働く非常勤職員であり、その仕事は私のように受刑者へのカウンセリングを行うものもあれば、薬物依存や性犯罪などの事情を持つ受刑者に対する改善指導を行うグループワークもあります。ここからは、私個人が処遇カウンセラーの経験から考える、受刑者へのカウンセリングの特徴を述べていきたいと思います。

非常勤であり、民間の専門家という立場を忘れない

 まず前提として、処遇カウンセラーは非常勤という立場上、常勤職員による支えがあって仕事をしています。例えば、刑務所の特殊な構造から出勤・退勤を含め、私が刑務所内を移動する際には常勤職員が帯同し、扉の解錠・施錠を行います。また私がカウンセリングを行う際には、受刑者を常勤職員が部屋まで連行してきます。私たちが仕事を当たり前に行うことができるのは、常勤職員がいるからであることを忘れてはなりません。
 またカウンセリングを行う際に他の専門職と連携することは、どの現場においても共通ですが、刑務所の場合は法務技官(心理)や法務教官、福祉専門官などの常勤の専門職とのあいだで、情報収集や情報交換を行いながら進めていきます。そのためには、まずその専門職がどんな役割を担っているのか知っておかなければ、協働・連携は難しいでしょう。

本人が動機を持って来談して始まるカウンセリングではない

 一般的にカウンセリングとは、悩みや解決したい課題を持つクライエントが、自分の意志や動機を持ってカウンセラーのところに来談するところから始まります。しかし、私が刑務所の中でカウンセリングを行う受刑者は、そうではありません。
 本来、受刑者は他の受刑者と一緒に工場で作業をし、集団生活を行います。しかし、私がカウンセリングで出会う受刑者は、刑務所内での集団の作業や生活が難しく、不適応を起こしている人たちです。彼らは個室において独りで作業をし、刑務所内の活動も制限される中、他者との関わりをほとんど持たずに生活しています。そこで、刑務所内での適応や再犯防止はもちろんですが、対話を通した自分の内面の見つめ直し、自身や被害者に対する新たな気づき、社会復帰へのイメージづくりなど、複合的な視点からカウンセリングが有効と考えられる受刑者を刑務所が選定し、カウンセリングが導入されることになります。
 私は一人の受刑者に対して"週一回五〇分の面接を一〇回まで"というルールでお会いしています。なぜなら私が勤務する時間の中でカウンセリングできる人数が限られているためです。その初回の面接で、刑務所の中で選ばれて連れてこられた受刑者は、初対面の私から「話し合いたいことは何か?」と尋ねられるところから始まります。
 受刑者の反応は、自ら悩みを語り始める者もいれば、職員に勧められたからと述べるだけの者などさまざまです。その後も毎回のように悩みが変わる者もいますし、話しているうちに自分の胸の内を話さなければよかったと言い始める者もいます。そんな受刑者の反応から思うのは、むしろ彼らのその態度の中に本当の主訴があるということであり、対話を通して受刑者は自身の真の主訴や一緒に話し合うテーマを見つけていくということなのだと思うのです。

加害者であること、被害者であること

 受刑者は何らかの犯罪を起こして刑務所に収容されるため、多くの場合は加害者という立場になります。カウンセリングが始まり、彼らが犯した事件について聴き、そこに至った経緯を聴き、また彼らの生い立ちや社会での生活にまで話が及ぶと、次第に彼らが人生の中で大変な思いをしてきた被害者かのように思うことがあります。実際に、受刑者の中には恵まれない養育環境の中で育ってきた者、人間関係などで傷ついてきた者がいるのも事実です。一方で、彼らが自分の起こした犯罪について、自身の生い立ちや誰かのせいにしながら自分の罪を棚に上げて話すことに、否定的な気持ちで一杯になることもあります。
 受刑者に関わる中で私たちが、彼らの中にある被害者性に特別な気持ちを持ったり、逆に加害者性に特別な気持ちを持つのは"加害者の被害者性"に巻き込まれているからといえます。確かに彼らは加害者であるし、場合によっては何らかの傷つきを抱えた被害者であるかもしれません。ただ、カウンセリングで取り組みたいのは、彼らがどんな気持ちで犯罪を起こし、その犯罪に対して今はどんな気持ちでいて、そのような気持ちになるのはどういうことなのか、受刑者の心について一緒に探求していくことだと考えています。
 カウンセリングを一〇回行っていくと、彼らから「こんなに話を聴いてもらうことは今までなかった」「こんなに自分のことを考えることはなかった」といった言葉を聞くことがよくあります。彼らの言葉から"加害者か・被害者か"や"良いか・悪いか"という姿勢とは異なる、彼ら自身や彼らの心に関心を持って関わる態度の大切さを学びます。

おわりに

 読者にとっては初めて知るような内容もあったかもしれず、刑務所など矯正施設の心理臨床実践は未だ身近なものとはいえないかもしれません。正直、私も処遇カウンセラーになって知ったことがたくさんありました。しかし、「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」が施行され、受刑者の社会復帰が目指される中で、次に必要となってくるのは社会の受け皿です。司法や矯正とは異なる現場で活躍する心理臨床家の皆さんやこれから心理臨床家を目指す皆さんに、司法や矯正の現場について関心を持ってもらい、社会の受け皿の一部を担ってもらえるよう、私自身の経験が微力ながら役立てば幸いです。

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