空の巣症候群とは

 空の巣症候群とは、我が子が自立したあと、気持ちの落ち込みや喪失感・無気力感などを感じる親御さんの状態を指す言葉です。子供が育ち自立することを、鳥のヒナが自立して巣が空っぽになる様子に例えて、この名前がついたそうです。

 程度は人それぞれですが、明らかな不適応状態を示すようであれば、周囲が気付いて温かい言葉をかけて下さるでしょう。しかし、苦しみを外に見せない方もいらっしゃるようで、こちらの方が長く慢性的な症状を伴うように思います。喜ばしいとされる我が子の自立ですが、多くの親にとっては少なからず喪失の痛みを伴うものなのです。

親の「喪失」、子の「獲得」

 自立したお子さんの多くは元気に過ごしているでしょうし、会おうと思えば会えない訳でもありません。失われたものは、これまでの生活です。我が子と共に過ごしていた時間が丸ごと空いてしまったのです。一方で、お子さんは自身の人生が前に進むための礎を獲得したと捉えているかもしれません。そうだとすれば、親御さんと違って希望に満ちた気持ちで過ごしていることでしょう。「喪失」を感じる親、「獲得」と感じる子供。親子の心の有り様が異なることは、自立への第一歩を象徴する出来事ですが、巣の中に残る親鳥にとっては、辛い現実を突き付けられるズレになるのかもしれません。

空の巣の中で行う仕事

 人間はたくましいもので、喪失の後に再び立ち上がります。ですが、空の巣症候群には、立ち上がることを難しくする要素が多々含まれているようです。当然ですが、自立した後も子供は存在しており、親は自立を応援する役割を期待されます。我が子の存在を失った悲しみに耽るわけにもいかず、だからと言って応援する気持ちにもなりきれない。さらに、自立を喜ぶ自分も心の中にいるのです。この気持ち達の落とし所を見つける困難は想像に難くないでしょう。空の巣の中で行われている親鳥の仕事は、新しい巣を作ろうと意気込む子供には見えないものです。特にこれまで手を取り合ってきた親子であるほど、この仕事は孤独な喪の作業となるのではないでしょうか。

 臨床の現場には、親の苦痛と子の困惑の両方が持ち込まれます。我が子の自立に伴う喪失の悲しみや、空虚感との付き合い方への戸惑いを語る親御さんと、成人してからも親が頻繁に口を出してくると訴える子供です。どちらも空の巣症候群に関連した悩みと言うことができますから、親だけに訪れる出来事では済ますことができないと感じています。

親鳥

おわりに

 ヒナが巣立ったあとに、親鳥がどのように過ごすのかを調べてみました。意外でしたが、巣立った子供と一緒に行動をする親鳥もいるようです。ツバメは我が子と南の島に向かうし、ムクドリは空き家を放置して一家で引っ越します。もしかすると、子供の自立を美徳とするのは人間だけなのでしょうか。 

 さて、このコラムを書きながら、我が家の小さい息子もいつか巣立つのだろうという事実に目が向きました。そんなことを想像すると早くも寂しい気持ちが湧いてきます。空の巣症候群は誰もが直面する痛みなのかもしれませんね。

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