初心者のためのブックガイド『なんでも見つかる夜に、心だけが見つからない』
東畑開人〔著〕 新潮社、二〇二二年

 本書は、タツヤさんとミキさんの二人の登場人物の、誰の身にも起こるような危機の時期、「夜の航海」についての物語を中心に、カウンセラー兼ナビゲーターの東畑の解説が挟み込まれる構造になっている。本書を通じて、七つの補助線が引かれる。

 アテンションエコノミーの時代だ。世の中には解決を助けてくれる補助線ではなく、解決を示してくれる「心の処方箋」があふれている。断定口調で突飛なことをブチ上げて、耳目を引けば勝ち。そんな書籍や動画が氾濫している。そんななか、本書の目指す方向性は真逆のものである。読者に時間をかけてモヤモヤと考えることを求めてくる。

 だから、東畑は本書を「処方箋」として提示しているわけではない。「これを読めばスッキリしますよ!」と言っているわけでもないし、「これさえ読んでモヤモヤしておけばOKですよ!」と言っているわけでもでもない。本書は「読むセラピー」なのだ。

 タツヤさんとミキさんの二人はいかにも今風の人物である。「人生においては常に成長を目指さねばならない」とでも思っているかのようだ。そうした思いが二人を追い詰める。視野を狭める。すべてをコスパやタイパではかろうとする。性急に「答え」を出そうとする。苦しくなってカウンセリングに訪れる。

 カウンセラー東畑は、「そうじゃないあなたもいるんじゃない?」と声をかける。すると二人は悩まなければならなくなる。スッキリしたかったのに、答えを出せなくなる。もどかしい。でも、カウンセラーにそう問われることで、二人は凍結されていた過去の傷つきを解凍する。そこには生々しい傷がある。

 ミキさんとタツヤさんの人生は、起業家仲間として交錯する。二人は交際を始める。傷が露呈した状態の二人は、互いに傷つけあう。カウンセラーとの間でも、傷つけあう。そうなることこそを、人生を賭して避けてきたのに。でも、二人は、時間をかけて(ここがポイント)、周囲の力も借りて、それを乗り越えていく―

 二人の物語はまるで小説のようだ。上質な小説を要約することほど野暮なことはない。私がここでしたのはそういうことに過ぎない。ぜひ読んでみてほしい。泣けるから。

 ただ、本書は単なる小説ではないこともたしかだ(もちろん単なる自己啓発書でもない)。タツヤさんやミキさん個人の物語の描写で終わるのではなく、二人の抱えるような苦しみを生む社会にまで視野を広げていることこそ、本書の白眉である。私たちは、「自己責任論」の世界に生きている。それは私たちをしがらみから解放しもしたが、セーフティネットも失わせた。本書は、それ自体を問うのではなく、そうした社会を前提としたうえで、私たちはどう生きるかをモヤモヤと考え続けることを促してくれる。

 とはいえ、東畑は最後に処方箋らしきものを提示してもいる。それは「も」の思想だ。これだけ聞いても意味がわからないだろう。でも、これは本書をはじめから読んで、そのうえでたどり着くからこそ意味のあるものなのだ。だから、ネタバレはしない。ぜひとも手に取って読んでほしい。

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