NICUで育つ赤ちゃんとその家族

 赤ちゃんの誕生とは、温かく喜ばしいことです。実際、日本は新生児の死亡率が世界で一番低い国です。しかし、深刻な病気を抱えて生まれてくる赤ちゃんはたくさんいます。
 NICU(新生児集中治療室:Neonatal Intensive Care Unit)とは、疾患や障害をもって生まれてきた赤ちゃんや、早く小さく生まれた赤ちゃん、お産のときに調子が悪くなった赤ちゃんなどが入院する場所です。独特な雰囲気で、薄暗く、しきりにアラーム音が鳴り、小さな保育器の中に眠る乳児の体にはいくつもの管がつながれています。家族は、戸惑いながら所在なさげに過ごしています。赤ちゃんが入院治療を必要とすることや、病気や障害を抱えて生まれることは誰のせいでもないのですが、おなかの中で育ててきた母親は自分をひどく責めていることが多く、今の状態や将来への強い不安から子どもと関わることに拒否感を示す家族もいます。また家族は、今は落ち着いていてもいつ事態が悪くなるか分からないという不安を抱えています。そんな中で、NICUをいかに親子の関わりの場とし、親の精神的安定や親子の関係づくりを支援していくかということは、常に大きな課題です。
 産婦人科が舞台の漫画『コウノドリ』(講談社)をご存知ですか? フィクションですが、現実を捉えた作品で、赤ちゃんの家族や医療従事者の心の動きが繊細に描かれています。

赤ちゃんと家族の心のケア

 周産期医療の場における心のケアの必要性が叫ばれていますが、心理の専門家が配置されている産科や新生児科はわずかです。多くは、医師や助産師、看護師等が赤ちゃんの身体管理やケアを行いながら、深い共感をもって赤ちゃんや家族に関わっています。誤解を恐れずにいえば、心理士がいなくても赤ちゃんと家族の「心のケア」はなされているのです。
 心理士の仕事は家族のカウンセリングだろうと思われるかもしれません。もちろん、それもしますが、NICUの心理臨床で大切なことは、病棟全体を心理臨床の場とし、赤ちゃんや家族とともに「居る」ことです。家族が少しでも安心して赤ちゃんとともに過ごせるように、支援します。寝たきりで反応が乏しく、治療のために抱っこも授乳もできない状況の赤ちゃんと気持ちよく過ごすというのは、難しいことです。当院のNICUでは、面会者が基本的に両親に限られており、ひとりで面会に来た母親や父親が孤独を感じていることもあります。
 心理士は、ベッドサイドを訪問して家族と一緒に赤ちゃんを見つめたり、赤ちゃんを真ん中にしてお話をしたりします。赤ちゃんの調子が悪いとき、心理士はケアや治療を何もできませんが、「何もできない人」が家族と一緒に不安になり、回復を祈り、小さな成長やちょっとした面白さを見つけることに、なにか意味があるのではないかと考えています。
 NICUに赤ちゃんを入院させたがる家族などいません。NICUで最期を迎える赤ちゃんもいます。それでも家族にとって、赤ちゃんが生まれ育った記憶に残る場所となるのです。

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