大衆が楽しめるポップカルチャーとしての音楽

 西洋音楽史を辿ると、思想史的な 「音楽のモダ二ズム」は18世紀半 ば前後から始まっていると言われています。それ以前の音楽は教会のために作曲されたものが中心であって、バロック期に人間の情感的側面が浮かび上がるようになるものの、作曲家個人が表現されるような近代的音楽観が出現するのはバッハの死後以降のことと言われています。つまり中世では、音楽家の「人生」はパトロンである教会や、その後の宮廷音楽に代表される貴族の嗜好に大きく影響を受けていました。
  現代では大衆文化としてのポップカルチャーが音楽界を席巻しています。教会や宮廷などのパトロンに代わって大衆が作曲(作詞)された音楽を購入しています。私たちがiTunesで気軽に世界中の音楽をダウンロードして聴くことができるように、今や、大衆が好む音楽が莫大な利益をもたらす「売れる音楽」となったのです。現代のアーティストの 「人生」は、個々人の「生き方」だけでなく、このような大衆文化や市場経済との結びつきの文脈の中で生じていることを捉えておく必要があるでしょう。

病跡学から考えるジャスティン・ビーバーの人生

1 成育史と「父」役

 ここで、音楽のポップカルチャーとしてのアイコンでもある、ジャスティン・ビーバーを取り上げてみたいと思います。ジャスティン・ドリュー・ビーバーは現在25歳で、1994年3月1日に誕生しました。当時、母パティは17歳と若く、18歳であった父ジェレミー・ビーバーとは結婚せず、シングルマザーとして彼を育てています。両親共に親になるには若すぎて、パティがジャスティンを身ごもった際は周囲から強い反対もあったようです。父は、後に別の女性との間に二人の子ども(ジャズミン&ジャクソン)を作るも結婚せず、昨年別の女性と結婚して娘(ベイ、ジャスティンの二四歳下の妹)をもうけています。ジャスティンは複雑な家庭環境で育ちますが、健気に両親に多額の資金援助をしたり、腹違いの妹弟を大変かわいがったりしています。

 正規の音楽教育を受けず、独学でドラム、ピアノ、ギター、トランペットを習得していくなどの天才的な才能がジャスティンにはありました。母がYoutubeに投稿したジャスティンの動画をきっかけに、敏腕マネージャーのスクーター・ブラウンに見出され、彼は2008年に13歳でレコード会社と契約を結び、一躍世界のトップスターに成長していきます。3D自伝映画”Justin Bieber: Never Say Never”(2011)ではマイケル・ジャクソンの話題作”THIS IS IT”の全米興行成績を抜き、American Music Awardsやグラミー賞など数々の賞も受賞しています。ジャスティンがR&Bシンガー・ソングライターとしての名声と莫大な富を得ていく一方、両親は現在も収入を息子であるジャスティンに依存した生活を続けています。彼にとっての実の「父」は十分に機能しておらず、父に代わってジャスティンが幼い頃から一家の稼ぎ頭として大人の役割を担ってきたとも言えるでしょう。

 

2 善悪、大人と子どもにsplitされた自己

 青年となったジャスティンは反抗や非行を繰り返すようになり、「お騒がせセレブ」の評判がつきまとうようになります。実年齢に比べて見た目も精神も「幼い」という評判もつきました。父の役割を担ってきたはずの彼に、何が起こっているのでしょう? ジャスティンをよく知る人物が彼の二面性を指摘していたことに私は着目します。彼には「子ども」と「大人」、「悪い子」と「良い子」、「ポップスター」と「世捨て人」の二面性が同居しているのだと。精神分析的に考えると、彼の自己はsplit (分裂)されていると言えるかもしれません。養育環境でトラウマを抱える子どもは自己を分裂させることで自分の心を守ることがありますが、彼も大人との間でトラウマが積み重ねられてきたのではないでしょうか。幼い彼は自我が十分育つ前から熾烈な音楽界のマーケティング戦争に巻き込まれ、富に目をつけた大人(悪い父母)たちによって利用されては裏切られたことによる、寝深い人間不信感が形成されていました。パパラッチへの怒りを爆発させたこともあり、現在はうつ病の治療中です。“Where Are Ü Now” のミュージック・クリップでフラッシュされる一瞬のシーンを停止して見ると、服に‘POP MUSIC IS THE DEVIL(ポップスはやっかい(悪魔)だ)’の文字が描かれてあるのが発見できます。自身の「悪」と「罪」を暗喩するかのように‘BAD (悪)’ と書かれた帽子を被り、胸に十字架が描かれてあるTシャツを着ているシーンも一瞬映ります。その一方でメディアでは取り上げられることが少ないのですが、彼は善い行いも数々行っています。例えば東日本大震災でコンサートを中止する海外アーティストが続出する中、彼は来日を果たして公演の収益を被災地救済のために寄付しています。この頃レディ・ガガが大きく取り上げられましたが、実はガガよりもジャスティンの方がいち早く復興支援に来日し、被災地の子どもたちを激励していました。

3 孤独とtwinshipとしてのパートナー

 ジャスティンの重要なパートナーには長年の恋人セレーナ・ゴメスと妻ヘイリー・ビーバーがいます。セレーナも父が17歳、母が16歳の時に誕生し、彼女が五歳の時に両親が離婚して母子家庭で育ちました。ディズニーチャイルドの子役から芸能活動をスタートさせたセレーナとジャスティンは、生いちが似ています。妻ヘイリーは、見た目がジャスティンにそっくりだと話題になりました。コフートは全な自己愛の発達に、twinship (双子)転移を述べています。ジャスティンはセレーナに猛烈なアプローチをして恋人関係になりましたが、彼女との破局後は自分と似たヘイリーを妻にして双子のように服や持ち物を共有するのを好んでいます。彼は彼女たちにtwin としての自分と似た側面を見て、無意識に孤独な自己を修復させているのかもしれません。似ているというtwinship 体験には、彼女たちがすでに自分とは違っているという認識が、彼にはあることが前提であることも付け加えておきます。

 

●文献
Skrillex and Diplo – “Where Are Ü Now” with Justin Bieber (Official Video).
Togashi, K. & Kottler, A. (2015), Kohut’s Twinship Across Cultures. London: Routledge.

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