はじめに

 今回の特集の中でも「同門や研究会の仲間との繫がり」の分担をいただき、そもそもどれくらいの臨床家がこうした繫がりを持てているのだろう……?との疑問が湧きました。
 私は博士後期課程まで進んだので、同門、すなわち同じ大学院を修了した仲間や、同じ先生の下で学んだゼミ生との繫がり、長く続く定期的な研究会の仲間との繫がりを幸いにも持てています。そして、この繫がりが臨床の仕事をする上で重要な位置を占めていることを年々強く感じます。一方で、もっと若い世代の後輩を見ていると、こうした繫がりを持つことにあまり積極的ではない印象を受けることがあります。
 ただ、今回「心理の専門家の繫がり」が特集されたこと、何より個人的な経験から、同門や研究会の仲間との繫がりは心理臨床において欠かせない意義があると考えています。

悩みや弱みを打ち明けられるありがたさ

 そもそも心理臨床家の仕事は孤独なことが多いと思います。一人職場はざらですし、心理面接や心理検査は基本的に一人作業です。職場内で他の職種と上手く協働していても、心理臨床特有の仕事上の悩みはなかなか相談できません。同門・研究会の同業の仲間との繫がりのありがたさの一つは、専門的な仕事の悩みを相談できることにあると思います。
 特に、一人作業における躓きや失敗感などのネガティブな体験を打ち明けるには勇気がいります。一人作業なのでこっそり隠しておくこともできますが、臨床上の躓きや失敗感などをオープンに検討することで、自分のクセや見落としに気づけて、それが臨床実践の糧となることはよく知られています。
 ちなみに、私が学んだゼミでは指導教授から「自分自身の悩みや弱みを打ち明けることは、普段我々がクライエントに求めていること。だから、我々がそれを避けるのは不公平じゃない?」と繰り返され、臨床上のネガティブな体験こそ打ち明けるよう励まされ、打ち明けた時にはその勇気を称えられました。当時は一杯一杯でしたが、臨床の訓練だけでなく、仲間との信頼を築く基礎も教わっていたんだと思います。

心理臨床の仕事を生き抜く支え

 私たちは近しい仲間内以外に対しても自分の臨床実践を発表することがあります。相手が見知らぬ人だったり、他の理論を専門とする人だったりすると、どんな反応が返ってくるのかと、緊張や恐れもひとしおになります。そして残念ながら、「あなたも臨床家ですよね?」と思わず疑いたくなるような、手厳しい意見や辛辣なコメントを受け、打ちのめされた経験もあります。
 そのような時も、同門や研究会の仲間が支えになります。発表時のディスカッションを仲間内の研究会に持ち帰ることで、まずは労ってもらえますし、辛辣にしか感じられなかったコメントを冷静に捉え、何かしらの有益な示唆を見出せることも多いです。
 個人的にさらにありがたさを感じるのは、研究会の時間で報告するほどではないけれど、職場でモヤモヤしたりイラッとしたりした出来事を、休憩時間などにグチっぽく話せることです。
 心理臨床に限らず、職場では心をざわつかせられる出来事が程度の差こそあれよく起こると思います。職場内の人間関係が良好でも、その関係には実務的な問題や評価が絡みやすいので、職場で生じたざわつきを職場内で収めにくいことも多々あります。その中において、職場外に同業の仲間がいてグチをこぼせることは、私の場合、地味に大きな支えになっています。そのお陰で、小さなダメージの蓄積にいつの間にか心を蝕まれたり、仕事に自暴自棄になったりせず、心理臨床家としてのメンタルヘルスを保てているように感じています。

同門の仲間と繋がる場としての「若手の会」

 さて、近年成立した公認心理師資格の法令では、多職種連携やチームアプローチが重視されるようになりました。多職種連携は重要なことですが、駆け出しの若手が多職種との協働を中心業務とすると、心理臨床家としてのアイデンティティに揺らぎが生じやすいようです。一回五〇分の継続的な心理面接など、いわゆる心理臨床家らしい業務を持ちにくくなっている現在、こうした訴えは益々増えていきそうです。
 他の職種との協働が増え、いわゆる心理臨床家らしい業務が減る中で、同じ心理臨床を学び実践する若手臨床家が理論や学派を超えて繫がることは、重要な意義を持つと思います。
 このような大きなくくりでの同門の仲間との繫がりの場として、日本心理臨床学会「若手の会」があります(「若手の会」は多様な分野の学会に設置されていて、おおもとは日本学術会議です。各学会の若手の会では、四〇歳頃までを若手と呼ぶことが多く、会員同士の連携と学術振興を目的に活動しているようです。詳細は学会HPをご覧ください)

時代の変化に応じた心理臨床家のあり方を考える場

 私は若手の会に立ち上げから携わっているのですが、その活動から、最近の若手の多くが臨床業務(ワーク)と私生活(ライフ)の維持に追われ、継続的な研究会に参加する時間やお金、意欲を捻出しにくくなっている様子が見えてきました。その結果、同門・研究会の仲間との繫がりも持ちにくくなっているなら、それは残念なことだと感じます。
 この背景にはワーク・ライフの認識の時代的な変化があるのではないか考えています。従来、専門職種としての働き方(ワーク)と所帯じみた私生活(ライフ)の話はほぼ切り離して論じられてきました。しかし近年、性別に関係なく、誰もが対等に仕事にも家庭にも参加する認識が広まっています。また、長引く不況から、私生活のために臨床の仕事を削って一般のアルバイトをする若手心理臨床家もいます。このように、「ライフ」抜きには心理臨床家の「ワーク」を語れない時代になってきているのではないでしょうか。
 心理臨床家という職業がこれからも発展していくために、今の時代に働きにくさ・生きにくさを感じている若手が集まり、繫がることには意義があるように思います。仕事と私生活を切り離さず、等身大の悩みやグチ、努力や工夫を気楽に話せる仲間内の雰囲気からこそ、時代に即した心理臨床家のあり方を考えていけるのではないかと考えています。

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