はじめに

 原稿の締め切りが近づいているのに、まだDⅤDを観ていない・・・・・。やらなければならないことを先延ばしにして締め切りに追われる今の筆者はまさに"ストレス"フルな状態です。そんな中、知人から「ハウルの声って木村拓哉だよ」と聞いた途端、やる気スイッチが入り、さっさと帰宅してDⅤDを観ました。"ストレス"に感じていたDⅤD視聴があっという間に"楽しみ"に変わったのです。DⅤDを視聴するという事実は変わりません。変わったのは筆者の出来事(DⅤD視聴)に対する認知(捉え方)です。また、ジブリファンからみると、『ハウルの動く城』のDⅤD視聴がストレスになるとは何とも失礼なことでしょうし、信じられないという心情でしょう。ストレスは、誰にとっても同じものではなく、何をストレスに感じるのか、ストレスを感じた時どんな反応を示すのか、どう対処するのか一人ひとり異なります。また、ストレスとなる出来事(事実)は変えられませんが、出来事に対する見方や感じ方を変えることで対処することもできます。以下、『ハウルの動く城』を通してストレスとは何か、ストレスへの対処について説明します(あくまでもジブリ初心者である筆者の主観・解釈であること、ネタバレも含まれることをお許し下さい)。

老いること・戦争に向き合う態度:ストレスへの態度

 主人公のソフィーは魔法をかけられ、ある日突然、老婆に変えられてしまいます。パッと見た印象ではソフィーは二〇代(?)の若い女性です。それが魔法の力によって一瞬で老婆になったのです。想像してみて下さい。二〇代から突然九〇代に姿を変えられ、今まで当たり前にそこにあったもの(自分の若さや体力)を突然失うことがどんなにストレスなことであるか。しかも、ソフィー自身には何の落ち度もなく、たまたま容姿端麗な魔法使いの青年ハウルと街で出くわし、一緒に歩いたことがきっかけで荒地の魔女によって(おそらく荒地の魔女による嫉妬によって)魔法をかけられてしまうのです。ソフィーは老婆になった自分の姿を鏡でみて驚きますが、一晩寝て起床すると慌てるでもなく、変わり果てた自分自身を受けいれて(いるように見えます)、ひっそりと家を出ます。年老いた声となり、腰は曲がり動作も緩慢となり、それまでと同じようにはいかないのに、取り乱したりもしません。そんなにあっさり自分の老いや変わった姿を受けいれられるのか?と筆者は驚きました。その後、ハウルと再会する場面でもソフィーは老婆として振る舞い、掃除婦として同居を始めます。
 良くも悪くも自分の生活スタイルを変えることはストレスになると言われています。受検や進学、就職もその一つです。受検勉強や試験そのものがストレスとなることは理解しやすいと思いますが、合格して進学したり希望の職場へ就職したりすることも、それまでの生活スタイルを変化させなければならないため、実はストレスとなるのです。「ストレス」には、ストレスのもとになること(ストレッサーと呼ぶ)とストレスを感じた時の反応(ストレス反応)、ストレスとなる出来事の捉え方(認知)が含まれます。ソフィーにとっては、突然若さや体力を失ったこと、家を出てハウルの動く城で生活を始めることのどちらもそれまでの自分のあり方を変えなければならず、ストレスになる出来事(ストレッサー)であったと考えられます。また、ソフィーの暮らす時代は、魔法使いと一般人が共存しながら戦争が繰り広げられていました。何をストレスに感じるかは一人ひとり異なると先に書きましたが、おそらく戦争は誰にとってもストレスとなる出来事でしょう。
 しかし、映画全編を通してソフィーは、自分の置かれた状況を悲観することなく、その時々で自分がやれることをやっているように見えます。戦争も解けない魔法も自分の力では変えられない出来事ですが、その出来事をどう捉えて日々を過ごすか=ストレッサーへの考え方、捉え方次第でストレスの感じ方もストレス反応も変わることをソフィーは示してくれています。
 自分ではコントロールすることができない出来事という意味では、現在のCOVID‐19という目にみえないウイルスに晒され、一個人の力だけでは解決できない状況も同じかもしれません。COVID‐19による生活の制限、行動自粛はすぐには変えられません。この状況下でその出来事をどう捉え、どう付き合っていくのかということについて、戦渦の中、大切な人たちと繫がりを保ち、ささやかな楽しみを見つけて過ごすソフィーの姿はヒントを与えてくれるように感じます。

一人で無理なことは他者の力を借りれば良い:ソーシャルサポート

 ハウルは髪を金髪にしたり、見た目を気にしたりと自分の外見にコンプレックスがあるようです。青年期は自分の外見や周囲からどう見られるかということをとても気にする時期です。彼は髪が気にいらない色になるという想定外の出来事に「絶望」「屈辱」と嘆き、自分の身体を溶かしてしまうくらい落ち込みます。その様子にカルシファー(火の姿をした悪魔)とマルクル(ハウルの家に住む子ども)が気づき、ソフィーとともにサポートの手を差し伸べ、動けずにいるハウルを動かし、入浴させます。自らストレスとなる出来事に直接働きかけてストレスを減らしたり、ストレスへの認知を変えたりすることでストレスに対処することができますが、自分一人ではうまくストレスに対処できない、どうすればよいかわからない時、支えとなるのは他者の存在です。ハウルは同居する仲間のサポートによってその状況から回復します。ハウルをサポートするソフィーを支えていたのはかかしのカブでした。人は(映画の中では魔法使いも犬もかかしも)お互いに支え合って暮らしています。社会的関係の中でやりとりされる支援のことをソーシャルサポートと言い、ストレッサーがあっても周りの人からサポートを受けることによって、うまくストレッサーに対処することができるようになるとされます(厚生労働省HP)。ハウルはそれまでストレッサー(嫌なこと)を「避ける」ことで対処してきましたが、仲間に支えられ、ソフィーとの繫がりを大事に思うことで避けていたことに取り組み、解決を目指します。戦争という大きなストレッサーはすぐには解決できませんが、それでもハウルは自分を溶かしてしまうことはありません。ソフィーもまた戦争や解けない魔法にめげずにいられたのは、ハウルへの想い、恋の力が大きいのだろうと思いました。人を想う気持ちや繫がりがストレスに立ち向かう力となっているのです。

おわりに

 本稿では『ハウルの動く城』を通してストレスの捉え方、ストレスへの対処について紹介しました。まだ映画を視聴していない方は、上記の「ストレス」に関することはいったん忘れて、ハウルやソフィー、仲間たちのやりとりをお楽しみ(視聴)下さい。DⅤD視聴は本来ストレス解消法の一つとして用いられるものだと思いますので。

引用文献

厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイト
https://www.ehealthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/exercise/ys-067.html

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