初めに

 伝統的心理学的支援法では、クリニックや病院で支援が必要な人の来訪を受け身で待つため、そこに来ない人々には援助が行えません。これに対し、1965年のボストン会議に端緒を持つコミュニティ心理学は、生活の場に援助者が出向き援助を必要とする人を探すのが特徴です。様々な専門家と非専門家が連携して支援を行い、「Community の意味は、地域といった管轄区のような場所を示すような意味ではなく、もっと深い意味」があり、「人がともに生き、それぞれの生き方を尊重し、主体的に生活環境システムに働きかけていくことを意味」します(山本、2000)。

「カドベヤで過ごす火曜日」

 今回、この立場から興味深い居場所「カドベヤで過ごす火曜日」を御紹介します。運営代表の慶應義塾大学の横山千晶教授によれば、カドベヤは、慶應義塾大学教養研究センターの2009年の文部科学省大学教育・学生推進事業の社会連携教育の一つとして設立され(2012年に事業は終了し、現在は自主事業)、大学の座学中心の教育を補完し、「身体知」を通して高度な学術言語・教養言語による発信に繫げる教育システムの構築を目標としています。また、個々の学生が生活の中に持つ居場所の一つとして、授業の枠を超えた中・長期的な自律学習の場所として、利用することも目的です。
 場所は、かつては日雇い労働者の町として栄え、現在はいわゆる「ドヤ」となっている、横浜市の寿地区近辺です。毎週火曜日の18時には開場し、19時から21時頃まで集まり、参加費は1回500円で、1時間の言語や身体による表現活動の後、共に食卓を囲むという活動状況です。

おわりに

 予測性のない「非日常」的な表現活動の後に、「日常」的な夕飯から後片付けを通じて、他者との共存の中で自分なりにできることが見えてきます。生活システムの変化まではもたらさないものの、参加者の「日常」の生活に影響を与えます。参加者のバックグラウンドは問われず、会話の中で語られるに任されますが、身体障害、発達障害、元ひきこもり、アルコール依存、生活保護の方々、子供、大学生、アーティストなど様々な人が参加します。「生きることの安心感と豊かさについて考えをめぐらすことはこの『居場所』の運営の基礎」です(横山、2017)。臨床心理の専門家の公式な関与はありませんが、こうした活動は、コミュニティに臨場して要支援者を見出していく実践の一つの在り方として示唆に富み、私も一人の臨床心理士として、今後も見守って参りたいと考えています。

●引用・参考文献
山本和郎(2000)『危機介入とコンサルテーション』ミネルヴァ書房
横山千晶(2017)「共にいるということ ―居場所「カドベヤで過ごす火曜日」―」『質的心理学フォーラム』Vol.9、14-22

広報誌アーカイブ