働く人のメンタルヘルスの現状
仕事や職業生活に関することで強いストレス(以下「ストレス」)を感じている働く人は約半分(五三・三%)となり、その主な要因は仕事の量・質、仕事の失敗・責任の発生等、職場の人間関係等であった(厚生労働省 二〇二一「労働安全衛生調査」)。精神障害の労災補償状況では請求件数は二三四六件で、支給件数は六二九件で最多となっている(厚生労働省 二〇二一「精神障害に関する労災補償状況」)。働く人の自殺は六六九二人で自殺者全体の三一・九%となり、無職者の一万一六三九人、五五・四%に次いでいる(二〇二一 警視庁自殺統計)。
また、過去一年間にメンタルヘルス不調により連続一カ月以上休業した働く人または退職した人がいる事業所の割合は約九%(従業員一〇〇〇人の事務所の場合は約九〇%)であった。このような状況は働く人個人にとってはメンタルヘルスに関する問題だけではなく仕事のパフォーマンスの低下などにも悪影響を及ぼし、キャリア形成や仕事を失う危機にも繫がることがある。一方でメンタルヘルス不調が原因で欠勤、休職さらに退職に繫がることもあり、企業にとっても大きな痛手である。
働く人のメンタルヘルス対策の基本的な考え方
働く人のメンタルヘルス対策と大きく関わっている法律は労働安全衛生法である(一九七二年に労働基準法から分離)。つまり働く人のメンタルヘルス対策は労働安全衛生法に基づき行うことが基本といえる。厚生労働省は「労働者の心の健康保持増進のための指針」(二〇〇六年三月策定、二〇一五年一一月三〇日改正)を定めている。特に働く人が自分のストレスに気づきメンタルヘルス不調(うつ等)の発症を未然に防ぐため、ここではセルフケアに注目して職場という限られた空間で「スッキリ」する体験ができる漸進的筋弛緩法(以下「筋弛緩法」)の紹介をする。
職場のストレスの対処法
1:漸進的筋弛緩法と効果
アメリカの神経生理学者エドモンド・ジェイコムが一九三〇年代に考案したリラックセーション法である。私たちは不安や緊張、恐怖などのストレスを抱えると無意識のうちに身体の多くの筋肉に力が入り緊張状態になってしまう。この状態が続くと肩凝り、頭痛、腰痛などの原因にもなってしまうことがある。筋弛緩法はこの緊張状態(筋肉に力を入れるを解消し筋肉の完全な弛緩(脱力)に誘導するというものである。
2:「スッキリ」する体験の研修の方法
①肩のリラックス
⒜肩をギュッとすぼめ、その緊張を保ち続け(五~一〇秒間)緊張を十分確かめる。次いで静かにゆっくり肩を落としてその変化の様子を良く味わう。
⒝肩をギュッとすぼめ、そのままの状態でゆっくり両肩を力強く後ろに引いて、その緊張を十分に確かめる(五~一〇秒間)。次いで静かにゆっくり肩を元に戻して、その緊張が緩んでいく状態を十分に味わう。
⒞両腕を伸ばし、静かに肩の高さまで上げ軽くこぶしを作り、両肘が下がらないように肘をゆっくり後方に引きながら両肩の肩甲骨がつくようにする。この時の肩・肩甲骨周辺の緊張感を良く確かめる(五~一〇秒間)。次に静かにゆっくり両肘を前方に伸ばしながら両手を膝の上に置き、肩甲骨周辺の筋肉がどのように変化していくか十分に味わう。これを二~三回繰り返す。
②頸部のリラックス
⒜背筋を伸ばし、肩・頸部の力を抜き、顎を少々引いた姿勢で前方を見る。頭を後方にゆっくり限界まで倒し、その後、頭をゆっくり元の姿勢に戻す。その時の頸部の変化(筋肉の緊張や弛緩)の様子を十分に味わう。
⒝顔を右に限界まで向ける。その時の筋肉の緊張の様子を良く味わう(五~一〇秒間)。次は左頸部の伸びている筋肉が自然に元に戻るように顔をゆっくり正面に戻す。その時にも筋肉の緊張がどのように弛緩しているかを味わう。これを左右二回繰り返す。
⒞次に、顔を正面に戻す。顎が胸につくように顔を前方にゆっくり倒す。その時の頸部の様子を十分に味わう。その後、ゆっくり顎を上げての姿勢に戻す。その時、頸部の様子がどのように変化するか良く味わう。
⒟背筋を伸ばし、肩・頸部の力を抜いた姿勢をとる。頭を右もしくは左へゆっくり回旋しながら「張り、凝り」があるところでは数秒間止め、再度回旋する。その時の顎部の筋肉の様子を良く味わう。これを左右それぞれ二~三回行う。
働く人には「ラジオ体操」という馴染みのあるエクササイズ(リラックス法)がある。これは有効であるがじわじわと効果があるといえる。忙しく働く人は即効性を求める傾向があるので、筋弛緩法は筋肉を緊張させ、その後に弛緩することによって「スッキリ」する「気持ちがいい」を実感することができる。この実感するということが大切であると思う。