日本の中学生の現状

 子どもをめぐる困難は複雑化、深刻化、多様化しており、不登校やいじめ、児童虐待の件数は過去最高を更新し続けています。こういった困難に焦点化しなくとも、日本の子どもの幸福度は参加三八カ国の中において、身体的健康が一位であるにもかかわらず、精神的健康度が三七位と最下位に近い結果であり、一五歳の生活全般への満足度についても最も低い国の一つと報告されています(UNICEF、二〇二〇)。では、実際に中学生年代の子どもたちはどのような思いを抱いているのでしょうか。また、どのように子どもたちに近づいていけばよいのでしょうか。限られた経験となりますが、筆者の臨床実践で出会った中学生との関わりから考えてみたいと思います。なお、本稿で登場する事例は全て筆者の自経例を基とした架空事例となります。

中学生への関わりの工夫

 普段スクールカウンセラーとして中学生と出会い、面接の中で質問をしてみても「普通」や「別に」など、始めからスラスラと自分や悩みについて話がでることはなかなかありません。中学生に限らずに、悩みや困っていることを言葉にする、そして誰かに伝えるという行為は、実はかなり難しいことなのです。そのため、筆者の場合、好きなアニメや漫画、ゲーム、音楽や動画などそれぞれの興味・関心があること、好きなものに水を向けて、やりとりをします。そうすると表情が少し和らぎ、また嬉しそうに、気恥ずかしそうに話をしてくれることが多いです。もしそのコンテンツを知らない場合でも調べてみたり、漫画やアニメ、動画を見てみることで一人一人の個性がより見えてくることもあります。
 中学生男子Aさんは「普段聴くとしんどい」が「どん底まで落ちている時に聴くと救われる」曲があるそうです。実際に聞いてみると、面接ではとても落ち着いた物腰で話をする様子からは想像しづらいハードロックで、激しく自分を奮い立たせるような曲でした。「どん底まで落ちている時に」という言葉の意味が少し理解できたのと同時に普段とのギャップに大変驚きました。
 また中学生男子Bさんは、緊張してしまい人と話をするのが得意ではないため、母に連れられて何とかならないかと相談に来ました。なかなか緊張が解けないでいましたが「海外の航空機のプラモデル作りが好き」とのことで、筆者がスマホで航空機を調べてみると席を立ち上がり、それぞれの航空機の魅力や特徴について活き活きと話をしてくれ、最後に少しだけ友だちとの関わりについて教えてくれました。
 こういった工夫を通して彼らの心模様を理解でき、また近づくことができます。もちろん上手くいくことばかりではないですが、彼らの興味や関心を積極的に知ろうと試みることは、こちらから彼らへの興味や関心を示し、「思い」に近づく工夫の一つと感じています。

日頃の関わりから考える中学生の「思い」

 このように普段はあの手この手を駆使して中学生とやりとりをしながら、日々奮闘しています。ここからはその中で印象的であった中学生の言葉を基に、中学生の思いについて考えてみたいと思います。
 中学生男子Cさんは不登校をきっかけに相談につながりました。紆余曲折を経てとりあえず本人を取り巻く環境が落ち着いてきました。そうすると自分に向けていたエネルギーが外の世界に向かったのでしょうか、面接の際に、普段のようにCさんのお薦めのアニメや漫画の話をした後、急に「世界情勢に絶望している」「今後世の中が良くなる感じがしない。将来について希望がもてない」と日々ニュースで流れる新型コロナウィルス感染症やロシアによるウクライナへの軍事侵攻から感じていた漠然とした不安な想いを口にしました。筆者はその言葉を受けて、彼自身の中で将来への漫然とした不安の高まりがあるのだろうかと考えてみたのですが、ふと改めて振り返ると確かにCさんに限らず今の子どもたちにとって、将来へ希望をもつことはとても難しいことなのではないかと感じたのです。
 筆者自身、社会の変化のスピードに驚くばかりです。実際に現代は「先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態」を意味するVUCA時代と呼ばれ、そして何より二〇二〇年以降の長引く新型コロナウィルス感染症との生活やロシアによるウクライナへの軍事侵攻は間違いなく時代が変わった「潮目」であり、多くの大人も予見できなかったことだろうと思います。このような時代の中において子どもたちが将来のことについて希望をもって想像することは、ことさら難しいように感じるのです。
 心理社会的発達理論を提唱した心理学者であるE・H・エリクソンは、おおよそ中学生から始まる青年期の心理的課題を「自我同一性の獲得」として、自分がどうやって生きてきて、これからどう生きていくのか、この社会の中で自分なりに生きるにはどうしたらよいかを考え、探索をする時期と述べています。このような発達段階における世代の特徴と併せて考えてみると、現在の社会全体にある漫然とした先の見えなさは、将来の職業選択を含めて「どう生きていくのか」を考え始める中学生世代にとっては、大人が感じている以上に得体のしれないものとして彼らの心に影響を与えているのかもしれません。
 ある中学生女子Dさんは、意を決した様子で「将来アイドルに実はなりたくて、ずっとダンスを練習している」と照れくさそうに教えてくれました。ただその後すぐに「でも難しいかもしれないから医療系の資格を取る勉強も頑張るつもり」とつぶやきました。その付け加えられた言葉からは、将来の夢に向かってチャレンジしたい思いと、先が見えないからこそ、現実的にものごとを考えている中学生の複雑な思いを象徴しているようにも感じました。

結びに変えて

 「世界子供白書二〇二一」は、子どもや若者が、新型コロナウィルス感染症(COVID ―19)によるメンタルヘルスへの影響を、今後何年にもわたって受け続ける可能性があると警鐘を鳴らしています。現在の「潮目」は、改めて目の前の子どもの声に耳を傾けながら、どうしたらいいのかについて社会全体で考えていくタイミングでもあるのだと思います。本稿が読者のみなさま一人一人が中学生の思いについて立ち止まって考えてみる機会の一つとなれば嬉しいです。
◦引用・参考文献
UNICEF(二〇二〇)レポートカード16―子どもたちに影響する世界:先進国の子どもの幸福度を形作るものは何か
https://www.unicef.or.jp/library/pdf/labo_rc16j.pdf
UNICEF(二〇二一)世界子供白書二〇二一: 子どもたちのメンタルヘルス 
https://www.unicef.or.jp/news/2021/0194.html

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