私は、週に4日程度弁護士として働き、週に1日程度公認心理師として高校でスクールカウンセラーをしています。現在、弁護士資格と、公認心理師又は臨床心理士の資格の両方もつ人は、全国的にみても非常に珍しい状況です。弁護士のもとにやって来る方の多くは、既に法的紛争に巻き込まれ、心理面でも辛い状況に置かれています。ですから、弁護士も広い意味では心にまつわる専門職でもあるといえます。そこで今回、弁護士と心理職の2つの世界を経験して見えてきた異同や、考えていること等を述べたいと思います。
弁護士の話の聴き方
法律相談の際、まず、相談者が何を望んでいるか、すなわち、どういう法律効果を欲しているかに意識を向けます。例えば、「息子が外国籍の女性と交際しており、結婚話になる前に別れさせたい」という相談があったとします。でも、子どもと交際相手を別れさせるような法規範はないので、そもそも法律では実現できないのです。次に、ある法律効果を発生させるために必要な法律要件が充たされているかに意識を向けます。例えば、「商品制作契約を白紙にしたい(制作するのをやめたい)」という相談があったとします。この場合、契約解除事由(法律要件①)があれば、解除の意思表示(法律要件②)をすることで、契約を解除(法律効果)できるのですが、相手方の契約違反等、何か契約解除事由はないかという視点から、契約書を確認したり事情を聞いたりしていくことになります。さらに、その法律要件に該当する事実の存在を立証できる証拠はあるか、収集できそうかということにも意識を向けています。
法的判断に必要な客観的事実と証拠状況を押さえ、法的見解や方針、裁判を起こした場合の見通し等を伝えることが大切なので、カウンセリングのときよりも頻繁に話の腰を折って質問していますし、法的にみて重要でない話がされているときは、基本的に早めに本題に引き戻そうとしています。
心理職の話の聴き方
心理職の話の聴き方を語れるレベルにはありませんが、どんなことで困っているのかという主訴を聞き、例えばいつ頃から症状が出ているのか、どんなときに症状が強まるのか、これまでそれにどう対処してきたのか、医療機関にはかかっているのか、これまでどんな人生を歩んできたのか(成育歴)、家族はどんな人か、家族の既往歴、家族との関係性、他に頼れる人はいるか、学校や職場での対人関係等々を聞いたりするかと思います。
そして、学派によって意識を向けるところが異なってきますが、例えばユング派なら、どうしてこの症状がこの時期に発現したのだろうか、無意識は症状を通して自我に何を伝えようとしているのだろうか、自我と無意識との関係性はどうか等、クライエント本人も気づいていない無意識的なものも見つめながら考察し、アセスメントや方針を立てていくかと思います。また、客観的な事実はそれはそれで大切ですが、主観的な心的現実を尊重し、意識を向けているように思います。例えば、クライエントである児童が、お父さんがいかに恐ろしいかについて話したとき、客観的に虐待の疑いはないかに気を配るものの、虐待の疑いがないと分かったら、大げさに言いすぎだとか嘘つきだと切り捨てるのではなく、この子は家でそれだけ恐ろしい思いをしているんだなと、クライエントが心的次元で体験しているリアリティに思いをはせます。それから、カウンセリングの最中、セラピストはセラピスト自身の心の動きにも意識を向けているのが特徴的だと思います。セラピストが自分の心の動きをモニタリングし、それも考察材料の1つとして、クライエントをアセスメントしていきます。
弁護士と心理職の異なる点
これまで述べてきたことからお分かりになるように、弁護士と心理職とでは、意識を向けているところが随分違います。弁護士の世界では、客観的事実が大切であり、主観的体験そのものはあまり考慮されないといってよいと思います。思考様式自体も、弁護士と心理職とでは、対極的と表現したいくらいに違います。ですから、弁護士モードと心理職モードを同時に十分に発動させることは困難です。カウンセリングで性被害について語られたことがありましたが、カウンセリング終了後に保健室に戻ってきて初めて、「あれって、〇〇罪やん」と頭に浮かんだことがありました。弁護士モードであれば、罪名が脳裏に浮かばないことは考えられないので、カウンセリングの最中に法的思考が全く機能していなかったというのは自分でも驚いた体験でした。
弁護士と心理職の同じ点
弁護士をしていると、依頼者が、相手方から提出された裁判の書面を読んで、「嘘ばっかり書きやがって。裁判所はどういう判断をするんだろう。なんで100%被害者の私が損害の立証責任を負わされるのか」等、憤り、不愉快さ、不安等、様々な強い感情を抱くことがよくあります。なかには、心身の調子を大きく崩してしまう依頼者もいます。裁判所の思考様式や、各争点の見通しを伝えたり、裁判制度に対する不満等に耳を傾けながら、目標を再確認したりしています。また、例えば自己破産すべきかどうかという大きな岐路で選択を悩む方がおり、各選択肢の長所・短所を整理して伝え、悩む過程に付き合っています。心身の調子に気を配り、支持的に関与し、寄り添う点は、心理職と同じだと思います。
心理職の資格を生かせる司法領域の職業
①家庭裁判所調査官は、家庭裁判所に送致された少年の家庭環境や非行の背景等を調査し、立ち直るために必要な方策を裁判官に報告したりする職業です。裁判所職員採用総合職試験(家庭裁判所調査官補)に合格する必要があります。②心理技官は、家庭裁判所に送致された少年の非行の背景を各種心理検査等に基づき報告したり、受刑者の再犯防止プログラムの指針を示したりする職業です。法務省専門職員(人間科学)採用試験(矯正心理専門職区分)に合格する必要があります。③法務教官は、少年院や刑務所等で非行少年や受刑者の教育や改善指導等を行う職業です。法務省専門職員(人間科学)採用試験(法務教官区分)に合格する必要があります。④科学捜査研究所職員(心理職)は、事件の関係者、被疑者に対するポリグラフ装置を利用した心理鑑定、検査等を行う職業です。各都道府県警察職員採用試験(心理職)に合格する必要があります。⑤弁護士は、法的紛争を予防・解決し、依頼者の法的権利の実現を図る職業です。司法試験に合格する必要があります。⑥検察官は、被疑者の取調べや、被害児童への司法面接(暗示や誘導の少ない方法で1回の聞き取りで被害事実を把握し証拠化する手法)等の捜査を通して起訴・不起訴の決定をし、国家刑罰権の発動を求める職業です。司法試験に合格する必要があります。