気を遣う若者たち

 中学生から20代くらいまでの「青年期」は「自分探しの時期」と言われてきました。明治時代の若者の間では自分探しの旅が流行したと言います。時代による変化はあれど、現代の若者もまた、多かれ少なかれ、自分探しをしている面があり、新しい自分や可能性に開かれるかもしれない期待と、自分がどうなっていくのかがわからない不安を抱いているように思います。それは、自分の進路や生き方を探すといった面ばかりではなく、周囲の人々との間で自分をどう表現し、どう振る舞うのかという日常的な問題とも関わっていると思います。
 近年は、自分をどう表現するか以前に、他者や周囲との間で自分らしくいられるかどうか、心地よくいられるかどうかを、より繊細に求める傾向が強まっているようです。周りの目を気にかけ、空気を読み、相手の気持ちや場の空気を乱さないよう常に気を遣う人が多い印象です。エネルギーの向け方や使い方はいろいろで、相手やコミュニティを選別してキャラや関係を使い分ける人、多くのコミュニティで器用に立ち回ることに自分らしさを感じる人、親しい少数の友人との間に居場所感をもつ人、SNSに疲れて自分の時間を優先するに至った人。他者や周囲とつながるにしても、距離をとってバウンダリー(境界)を作るにしても、周りに心のエネルギーを相当使っている様子を感じます。
 そんな風に対人関係に気を遣っていても、経験したことのない対人トラブルやハラスメント的な問題に遭遇することもあります。ここでは、そういう時にどうすればよいかについて考えたいと思います。

「これってハラスメント?」

 学生は、多くの場合、教職員や学生との間に体験したことに対して、即座にはっきりと「これってハラスメント?」と問いを抱くわけではないようです。最初のうちはそう感じなかったという人も少なくありません。ハラスメントの文字や不安がちらつくことがあっても「たまたまだろう」「悪意はないのだろう」「自分の捉え方のせいだろう」と、別の可能性で打ち消して過ごしていることも多いようです。実際、周囲の学生が意地悪に感じて悩んでいた学生が、だんだんと相手の別の顔を知るようになってイメージが変わり、親友になったといった例もあります。
 一方で、相手に悪意はないもののいという場合もあれば、相手に悪意価値観や態度が侵襲的に感じてつらが実際にある場合もあります。いずれの場合も、相手の言動が心身の負担に感じてつらいわけですが、それを「これってハラスメント?」とはっきりと認識しはじめる時に、つらさが一段とリアルに感じられて苦しくなることが少なくないようです。

相談に対する躊躇

 ハラスメントでは?と感じても、相談をためらう人は少なくありません。そこには色んな躊躇があるように思います。まず、つらい体験を思い出して話すこと自体がしんどいことです。他人に話す時にはかなりの勇気がいると思います。意を決して相談に訪れた人はたいてい「相談したら相手にどう思われるかが心配だった」「自意識過剰と思われそうで誰にも相談できなかった」という思いを吐露されます。他人をネガティヴに捉えて話すこと自体に抵抗があり、「陰口みたいで嫌で」と言う人もいます。「相談したら相手に報復されるのでは」という恐れもよく聞かれます。性的な問題や研究公正上の問題を含むような場合などは、表沙汰になると、相手が逆上して報復してくるのではないか、周りにも自分をどう思われるだろうか、と恐れる場合もあります。

誰に相談すればいいの?

 どこに、誰に、相談すればよいのかわからない、ということもあると思います。多くの高等教育機関にはハラスメント窓口があり、そこで秘密を守って相談を受け付けてもらえます。最初からハラスメントの調査を希望する人もいますが、調査を視野に入れつつ躊躇する人もいます。調査は求めないという人もいます。話を聴くと、確かに調査より他の介入や工夫を講じる方がよいと思われ、実際に建設的な解決に至る場合もあります。解決法の選択肢には幅があります。まずは、どういうことがあって、何をつらく思っているのか、話を聴いてもらいながら、相手への介入を機関に求めるのか求めないのか、求める場合はどの点についてどんな介入を求めるのか等について、整理していくことになります。躊躇や心配についても、その中で相談するとよいと思います。相談員は、秘密を守りつつ、相談者にとっての安心・安全を常に視野に入れて、一緒に考えてくれるはずです。
 もし、ハラスメント窓口への相談が、ハードルが高く感じられるようなら、まずは大学の学生相談室に相談するのもよいでしょう。学生相談室の相談員に、話をよく聞いてもらって、気持ちの上でも支えてもらいながら、解決策を探ることができます。学内の組織やルールについての知識がある点でもメリットがあります。ハラスメント窓口への相談についても考えているけれども迷いがあるという場合にも、そのこと自体も相談されたらよいと思います。また、眠れないなどの症状がある場合は学内外の医療機関を受診することも視野に入れるとよいですし、医療機関を受診すること自体の不安などがあれば、そのことも相談員に相談されるとよいでしょう。

自分も相手も大切にすること

 ハラスメント的な問題について、相談窓口や信頼できる人に相談することは、単に相手を責めたてたり断罪したりするだけの営みではありません。何がどうつらかったのかを通して、自分と相手、あるいは自分とつらい体験の間に、心的次元での適切な距離や境界を探り、自分を大切にして歩んでいく術をつかんでいくきっかけになります。
 一方で、ハラスメント的な問題について相談する人から、「これだけのことをしてくるということは、相手も何かたいへんな状況にあって苦しんでいるのかもしれない」という思いが語られることもあります。実際、相手が背景に問題を抱えている可能性もありますが、事態がエスカレートしていくようであれば、自分だけで抱え込まずに相談することが必要です。当事者同士の人間的な関わりの中で、問題が解決されていくこともあると思いますが、「自分では抱えきれないけど、見捨てたと思われたらどうしよう」と感じるようであれば、ぜひ相談して下さい。相談することは、相手が何らかの問題を抱えている可能性に光があたることにつながります。それは相手がいま必要な支援を得ることにもつながり得ますし、自分だけでなく、相手を大切にすることにもつながりうることなのです。

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