思春期のカウンセリングでは、「眠れない」や「起きられない」といった、眠りをめぐる問題がよく語られます。うまく睡眠をとれない状態が続くと、日中の活動意欲や集中力が低下するなど日常生活に支障をきたしかねず、また睡眠と覚醒のリズムが学校生活の時間帯と大きくずれてしまうと学校に行きたいのに行けないという状態になることもあります。
眠りに関する問題へのアプローチとして、カウンセリングでは睡眠習慣を見直し、問題があれば改善できることはないかを一緒に考えます。起床・就床時間を一定にすることで体内時計のリズムを整えたり、午前中に太陽光を浴びるなど光刺激を適切に調節したりすることが有効とされています。ところが、このような取り組みだけでは、眠りをめぐる問題が解消されないこともまた多く見られます。「早く寝ないと」と思っているのにスマートフォンを見るのをやめられない、誰かとつながっていたくて眠りに落ちる瞬間まで音声通話を続けてしまう…。これらは、中高生から、時には小学校の高学年頃の子からも、しばしば訴えられるものです。彼らは、睡眠を改善するための方法を「知っているのに、できない」のです。彼らの語りに耳を傾けていると、このような習慣に至る「こころ」について考える必要があるように感じられます。
「眠り」の境目
眠ろうとするとこころがざわざわして落ち着かないということは、誰しも一度は経験したことがあるのではないでしょうか。暗闇と静寂にひとり身を置くとき、日中は気にならなかったこころの動きが深いところから浮かびあがってくるようです。
アンリ・ボスコによる児童文学『犬のバルボッシュ―パスカレ少年の物語』(2013)には、このような「眠り」の境目が描き出されています。10歳の少年パスカレは、入眠時の体験を以下のように語ります。「眠りとめざめとをへだてる目に見えないほそい線の上にはとどまりつづけていた。そんなとき、目に見えてくるものがその線のどちら側にあるのか、よくわからないのだ。それがもう夢の中なのか、それともまだこちら側、現実の世界のことなのか」。パスカレ少年は、この「眠り」の境目において現実でもあり夢でもあるような体験をするのですが、臨床心理学者の河合隼雄(1996)は「パスカレの年齢の子どもたちは、実は割とこのような体験をしているものなのだ」と述べます。「眠り」の境目では、日中とは異なるこころの動きが体験されるようです。ただ、「(子どもたちは)このことをめったに大人に話してくれないし、話をしようにも適切な言葉がないから黙っているだけなのである」と、河合は続けます。
「眠り」について語ること
カウンセリングにおいて、カウンセラーとの関係が信頼できるものになると、児童・思春期にある子どもたちは「眠り」の境目での体験を教えてくれることがあります。それは漠然とした不安や怖さ、いやな気持ちを生じさせるものであることも多く、彼らはこころのざわめきを避けるためになかなか入眠の態勢になれないんだな…と感じさせられます。けれども、こころの深いところから浮かび上がってきたそのざわめきには、その子が成長していくための大切なテーマが隠されていることがあります。眠ることが難しいとき、「眠り」の境目でこころにどんなことが浮かんでくるのか、こうした内容をカウンセラーに語り、共有すること自体に意味があるかもしれません。それは自分のこころに向き合うことであり、またこのようなプロセスを通して「眠り」が安定してくることもあるように思われます。
●参考文献
Bosco,H.(著)、天沢退二郎(翻訳)(2013)『犬のバルボッシュ―パスカレ少年の物語』福音館文庫
河合隼雄(1996)『ファンタジーを読む』講談社+α文庫