特集01: 心理臨床と発信 お坊さんユーチューバーが見た「心」の現場―― 「諸行無常」の時代に心理臨床をひらく
著者 浄土真宗本願寺派高善寺 武田正文
はじめに
2020年からYouTubeでの発信を始め、5年が経ちました。今ではチャンネル登録者数が1万6000人を超え、これほど多くの人に自分の声が届くようになったことに、私自身が驚いています。本稿では、SNS発信やAI活用といった急速な変化に対し、私たち心理臨床家がどのように社会とつながり、これからの時代を歩んでいけるかについて、その可能性を探ってみたいと思います。
自己紹介:過疎地の寺院と心理臨床
私は島根県邑南町という、中国山地の山間にある小さな過疎地の寺院で住職を務めております。寺の長男として生まれ、住職を継ぐことは生まれた時から決まっていました。
ご承知の通り、地方寺院を取り巻く環境は厳しく、衰退が続いています。この状況をどうにかしたいと試行錯誤する中で、私は臨床心理士という専門性に、現代の苦悩に応えるための大きな可能性を感じました。
仏教も心理学も、人の苦悩を解決したいという願いは同じです。伝統的な仏教を心理学と組み合わせることで、今の時代を生きる人たちの心に届く、新しい価値を生み出せると考えたのです。大学院修了後は、精神科病院や学校など様々な現場で臨床経験を積ませていただきました。心理職が極端に少ない地域だからこそ、ジャンルを問わず多様な経験ができたことは、私にとってかけがえのない財産です。
発信という「新しい視点」
一方で、私のお寺は相変わらず閑散としていました。法話で一生懸命に仏教と心理学を説いても、地域の高齢者の皆さんにはなかなか伝わりません。そこで2020年、「全国には、この視点を必要としている人が絶対にいるはずだ」と考え、「仏心チャンネル」をスタートさせました。
当初は「お坊さんがYouTube…」という冷ややかな視線もありましたが、今ではYouTubeがきっかけでお寺に足を運んでくださる方も増えています。インターネットが私の活動を広げてくれる重要なツールとなりました。
「開かれた多重関係」をどうデザインするか
SNSで発信する際、臨床家として懸念されるのは「多重関係」の問題です。しかし、私の住む過疎地での生活は、もともと多重関係の連続でした。どこへ行っても「高善寺の住職」と認識されており、クライアントが知人であることも珍しくありません。
今の時代、ネットを活用しながら多重関係を完全に避けることは困難です。だからこそ、大切なのはそれを隠すのではなく「正直に説明し、対話する」ことだと考えています。
私は臨床の場で、「ネットでも発信しているので、どこかで私を見かけるかもしれません」と事前にお伝えするようにしています。その上で、もし「お坊さんとしての私」が強くなりすぎてカウンセリングに影響が出そうなら、無理をせず、信頼できる他の専門家を紹介することも含めて誠実にお話しします。オープンな関係性を築くこと。それが、これからの時代の新しい信頼の形ではないでしょうか。
コメント欄に届く、切実な「しんどさ」
YouTubeを続けていて痛感したのは、潜在的なニーズの多さです。動画のコメント欄には、返しきれないほどの悩みが寄せられます。
特に心に残っているのは、「相談したいけれど、一歩が踏み出せない」「相談するほどではないのかもしれないけれど、毎日がしんどい」という声です。私たち専門家から見れば、ぜひ力になりたいと思う状況でも、多くの人が一人で苦しさを抱え込んでいます。
こうした方々に「こういう時はカウンセリングを頼っていいんですよ」と伝える啓発動画は、24時間いつでも必要な人のもとへ届く「心のセーフティネット」になります。再生回数だけでは測れない、誰かの一歩を支える大きな意義がそこにはあります。
AI時代、全人類に訪れるアイデンティティの問い
2023年からは、AIを活用した相談の仕組み作りにも挑戦しています。生成AIの進化は凄まじく、論理的な整理やアドバイスだけなら、AIの方が得意な場面も増えてきました。
これから数年のうちに、全人類が「自分の役割とは何か」というアイデンティティの問いに直面する時代がやってきます。これは、人間が人間として何ができるかを再発見するチャンスでもあります。
これからのカウンセリングで求められるのは、単なる情報の提供ではなく、「その場に居る人間としての温もり」です。声の響きや雰囲気、その人の「在り方」そのものが、AIには真似できないカウンセリングの核心になると確信しています。
諸行無常は、新しい変化の合言葉
仏教には「諸行無常」という言葉があります。すべては移り変わるという意味ですが、これは「喪失」だけでなく、「新しい自分にいつでもなれる」という希望のメッセージでもあります。
私にとってYouTubeやAIへの挑戦は、まさに「諸行無常」のプロセスでした。既存の枠組みを大切にしつつ、新しいテクノロジーを味方につけることで、心理臨床の未来はより柔軟に広がっていくはずです。
もし、変化の必要性を感じながらも一歩踏み出せないでいる方がおられたら、ぜひSNSなどで声をかけてください。この変化の激しい時代を、共に学び、次の時代を切り拓いていきましょう。

「仏心チャンネル」ほか ▶︎
