はじめに:「無意識」ってなんだ

「無意識」を話す前に、簡単に「意識」とは何かを考えておきましょう。といっても、これ自体、とてもじゃないですが一言で終わらせるのが難しい概念です。それでも、あえて暫定的に「意識=言語」としておきましょう。つまり、ここでは、意識できているものは基本的に言葉で表現可能なものと考えおきます。見えるもの、聞こえるもの、触れるもの、意識できるほとんどが言葉で何とか伝えることできるからです。
 意識の否定形なので、無・意識とは「言語で表現できないもの」と拡大解釈できます。無意識の探索者S・フロイトは、性欲や殺意などの「意識しがたいものが抑圧された心の領域」として無意識を構想しました。しかし、次第に無意識は幅広く捉えられるようになりました。例えば、表情や声調などの「非言語的コミュニケーション」、自転車の乗り方や匠の職人芸などの「暗黙知」——これらに共通するのは、なかなか言葉にしにくいという側面です。

赤ん坊と養育者のやり取りに見る「無意識」

 例えば、幼い頃、粗相をして大人から注意を受ける際、「言っていることはわかるんだけど、なんか言い方が嫌」とか思ったことはないでしょうか。注意の仕方ひとつでも、その内容ではなく背景・文脈によって、受け取り方は相当に変わります。
 このような言外の交流を幅広く「無意識」と捉えてみましょう。すると、赤ん坊と養育者が交わすやり取りは相当に無意識的です。その交流は、言語が追いつかないほど迅速で、意図できないくらい自然に発生します。物心つく前の経験は身体水準で記憶され、それがその人のその後の人間関係の持ち方に相応の影響を与えるとも言われています。D・ウィニコットやH・コフートといった臨床家たちは、赤ん坊がさまざまに表現する内面の動きを養育者が「瞳」のなかでキャッチして、きちんと言語的・非言語的に伝え返すことが大事であると述べています。また、H・S・サリヴァンという精神科医も、深い水準のコミュニケーションはその性質を「音声的」と評しています。つまり、人は「話される内容」ではなく「話されるトーンやリズム」に大きく影響されています。
 この側面を発達理論や神経生物学を活用して研究しているのが、アラン・ショアやダニエル・スターン、コルウィン・トレヴァーセンといった研究者たちです。ここでは彼らの見識を簡単に概観してみましょう。
 ショアは「感情調整理論」という独自の視点から重要な示唆を与えてくれています。彼によると、最早期発達段階では右脳が優位であり、赤ん坊と養育者は右脳同士を同調・同期させながら情動的なコミュニケーションをとっています。この交流を通じて、赤ん坊は感情調整のスキルを獲得してゆくと言います。ここで重要なのは、こうした調整は、言語化以前、すなわち前言語的に行われるという点です。赤ん坊は養育者の表情、声調、身体的リズムに応答しながら、自分の内的状態を調整してゆくわけです。そして、この反復的な相互作用がやがて無意識的な感情パターンとして内在化されます。
 また、スターンは「プレゼント・モーメント」や「生気感情」といった概念を通して、赤ん坊と養育者のあいだで営まれる繊細な時間的調整が重要であると指摘しました。赤ん坊は一瞬を生きています。彼によれば、赤ん坊は自分が体験する出来事を言語的・叙述的にではなく、強度やリズム、時間的輪郭として身体的に記憶します。これらの体験はある種の「暗黙知」として蓄積され、自己感——自分らしさの原盤のようなもの——の基盤を形作ります。
 さらに、トレヴァーセンの「一次的相互主体性」の概念は、こうしたプロセスを養育関係の文脈で裏づけてくれます。彼は、生後間もない赤ん坊がすでに他者とのリズミカルなやり取りに参与する能力を備えている点を示しました。赤ん坊と養育者のあいだで交わされる視線や声や身振りのやり取りは、単なる刺激—反応の連鎖ではなく、相互に意味づけられた対話なのです。そして、このような最早期に起こる「原対話」が、のちの複雑な認知能力や対人関係の基礎となります。

発達論と臨床実践をつないでみる

 これらの理論をまとめてみましょう。個人の心の内部に限定されて語られることが多かった「無意識」ですが、さまざまな学問領域の発展を受けた結果、他者との関係のなかで形成されるものとして捉え直される機会が増えています。赤ん坊は、養育者との感情的な波長合わせを通じて、自己と他者の区別を徐々に形成すると同時に、関係のなかでの自己のあり方を学習してゆく存在として考えられるようになりました。つまり、昨今の理解によると、赤ん坊は、外部の刺激や環境に対して受動的に振る舞う存在ではなく、ぼんやりとした意識を伴いながら能動的に外部と関わってゆく存在なのです。この過程で形成される暗黙的な期待やパターンは、のちの対人関係においても無意識的に繰り返されることになります。
「三つ子の魂百まで」ではないですが、最早期に形成された行動パターンはのちの人生に影響を与えると言われています。その理由のひとつは、そのパターンが「なかなか自覚できない」(=無意識的)からでしょう。良い習慣であれば気づかなくても問題ないですが、直したい悪癖であれば厄介です。当人はそれが悪い癖だと自覚もできないのですから。
 臨床実践の観点から見ると、こうした最早期の相互作用パターンは、カウンセリングやセラピーの場で意図せずに再現されることになります。クライエントがカウンセラーに対して示す感情的な反応、関係の持ち方は、しばしば言語化されないままに形成された無意識的記憶に由来します。したがってカウンセラーは、言語を用いた介入だけでなく、声の調子やリズム、感情的応答のやり方といった非言語的側面にも注意を向ける必要があるでしょう。言い換えると、クライエント-カウンセラー関係そのものが新しい相互調整の場として機能しうる可能性があるということでもあります。

おわりに

 以上のように、最近では「無意識」は、赤ん坊と養育者のあいだで展開される前言語的・感情的相互作用の蓄積として理解されます。つまり、無意識というのは、個人内部で変わらないまま存在し続ける欲望の塊ではなく、他者との関係性のなかで絶えず更新されうる感情史として考えることができるでしょう。
 ここでは、数名の研究者を紹介し、無意識の捉え方が多様に変わっている様子を示しました。興味があれば、いくつかの本を読んでみて、自分なりの理解を深めてもらえると嬉しく思います。皆さんの無意識の捉え方が更新されると良いですね。

●推薦図書
A・ショア:『無意識の発達』(日本評論社)
D・スターン:『もし、赤ちゃんが日記を書いたら』(草思社)
C・トレヴァーセン:『自閉症の子どもたち』(ミネルヴァ書房)

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