Serial Articles 理臨床学会から 「倫理遵守」は心理臨床実践と研究の要
本学会の『倫理綱領』と『倫理基準』
日本心理臨床学会の目的は、“心理臨床の業務に携わるもの相互の協力により、心理臨床学に関する研究、調査及び普及啓発等の各種事業を行い、心理臨床学の健全な発展と国民の心の健康増進に寄与すること”です(『一般社団法人日本心理臨床学会定款』から)。この目的から、本学会の会員は心理臨床の業務に携わるものであり、研究活動は心理臨床実践と深くかかわることがわかります。そのため、本学会の『倫理綱領』は心理臨床実践と研究活動の二つの側面について遵守すべき倫理をまとめているところにその特色があるといえます。
『倫理綱領』は心理臨床の専門家としての責任と対象者の人権尊重を第一義とすることから始まり、心理臨床の諸活動の基本となる事項を挙げ、それぞれに守るべき倫理を提示しています。それに留まらず、『倫理綱領』で示した遵守すべき倫理について、より具体的に説明しているものが『倫理基準』となります。例を挙げますと、『倫理綱領』の(責任)第1条に“対象者の人権尊重を第一義と心得”る部分について、『倫理基準』では(責任)第1条において“本来、会員の専門的業務は、対象者の自発的な援助依頼に応えてなされるべきものである。この場合において、援助依頼者が援助を受ける対象者と異なる場合(親、教師、公共機関等の場合をいう)は、常に援助対象者の利益及び人権を優先させなければならない”という説明も加えられています。
このように本学会が二重構造で倫理に関する指針を定めているのは、心理臨床実践とそれに基づいた研究活動において、いかに倫理的態度や配慮が重要であるかを認識していることの現れであり、会員にその自覚を促すためのことであるといえます。
心理臨床実践と研究における倫理遵守の社会的意義
学会組織や活動についてはホームページに公開されていますが、『倫理綱領』と『倫理基準』もその一つとして公開されています。これは、学会内の共通意識として共有するためという内側に向けた意味があるとともに、学会外の人々に対して学会・学会員が何を大事にする専門団体、専門家であるかを伝えるという外側に向けた意味もあると思います。
心理臨床学の実践や知見は、一人一人の心や個性を重視することにその特徴があります。そのため、当事者の主観性や意識されてない心の部分、援助者との関係性という相互作用によって作られる、流動的で可変的な心の動き、全く同じく再現できないその都度の心のあり方を重視する視点を持ちます。したがって、心理臨床においては、心の世界を豊かに理解し、多様性を当たり前に受け止め、心の体験を重視することによって、多様で豊かな一人一人の心を尊重することが大事になります。このような基本的な視点が本学会の倫理に関する指針に現れていると思います。
心理臨床学の実践と研究を社会に発信するとともに、本学会の倫理に関する指針を社会と共有することは、多様で柔軟性のある人間理解の視点を社会に提供し、社会における心の世界に対する理解が深まることによって、心に悩みを持つ人が生きやすくなる社会、多様な人が共生する社会の土壌が耕されて、特定の人だけでなく、その社会に生きるみんなが生きやすい社会へと変化することに一助するのではないかと思います。
WEB社会における倫理的視点
一方、私たちの社会は時代とともに目まぐるしく変化しています。アナログ時代からデジタル時代へ、さらに進化したAIの時代へ進んでいます。それとともに私たちの生活は一変し、社会のあらゆる分野から日常のコミュニケーションに至るまでインターネットのネットワークを活用するようになりました。生活環境が変わると人の感覚もそれに適応するようになりますが、大半のもの・ことを迅速に、間接的に接することができるようになった一方、生(なま)のふれあい・出会いが減少し、自分自身の感受性や創造性を働かせてものごとや相手を理解しようと心を注ぐ手間も疎かにしがちになったように感じます。
さらに、WEB社会の便利さはそれを適切に活用できるだけのリテラシーに加えて、与えられた情報を取り入れるだけでなく、それを超えた想像力が求められます。言い換えれば、便利さと引き換えに、より積極的で主体的な思考力と想像力が求められ、それらに基づいた倫理的配慮が必要になったといえます。その不足のため、様々なトラブルが起きる恐れがありますが、その代表的な例は、「迷惑動画」の配信といったものでしょう。「迷惑動画」で訴えられた人の一人が、“仲間たちに見せるつもりだった、こんなに広がると思わなかった”といったのが印象的です。
このようなWEB社会の性質とリスクについて、まずは学会員もしっかり自覚する必要があると思います。ホームページやSNSを通して多くの学会員がたくさんの情報を発信していますが、発信の時点で自分の意図やコントロールの域を超えるというインターネットの性質を熟考して活用していくことが大事かと思います。
社会に対しては、心理臨床実践と研究がもつ特質に対する理解を求めていかなければなりません。しばしば起きる問題として、ロールシャッハ・テスト図版の、ネットも含めた一般公開または一般人等による不適切な使用の例があります。ロールシャッハ関連学会を中心として本学会を含む心理臨床関連団体が連携して当該の者に対して注意や要望を行う対応をしています。ロールシャッハ・テストは見る人が自由に連想する投映的な手法のテストであるため、十分な配慮のもと図版を見せる手続きをとるものです。不適切な使用がないように社会の理解を求めていく一層の努力をしなければいけないと思う次第です。
心理臨床家の自己研鑽の大事さ
本学会の『倫理綱領』と『倫理基準』に記載されているすべての項目は“~しなければならない”または“~してはならない”で締めくくられています。しかし、それぞれに具体的な罰則が紐づけられているわけではありません。さらに、ルールやマニュアル的に“~しなければならない”または“~してはならない”ことを定めているわけでもありません。一人一人の心や個性を重視して、その人の人権を第一義としてかかわる心理臨床家であれば当然、という意味での“~ねばならない”なわけです。
本学会の『倫理基準』の第10条には、“会員は、専門的知識及び技能水準の向上と平行して、倫理意識の向上を目指して研鑽を積み、これを遵守するようにしなければならない”と記されています。高度の専門的知識や技能があっても、それに平行した倫理意識が伴わなければ有益なものにならないと戒めながら自己研鑽することが最良の倫理的態度であるように思われます。