乳児院とは
乳児院は、様々な事情で親や家族と一緒に暮らせない子どもたちが生活する、赤ちゃんのもう一つのお家です。今、全国に148か所の乳児院があり、0歳~およそ3歳ごろの約3千人余りの子どもたちが暮らしています。
この乳幼児期は、人間の生涯発達の中で最も初期の重要な時期だと言われています。この時期に、素朴に人を信じられたり、自分のことを大事に思えたり、時々は欲求を「ぐっ」とこらえる力が身についていることが大切で、人格形成の土台を築いていくことになり、生涯に影響をもたらします。
乳児院では、保育士や看護師等が主たる養育者となり、子どもたちの日々の生活をサポートします。また、家庭支援専門相談員や里親支援専門相談員、心理職、その他各専門職も養育チームとして、子どもや親、家族を支えながら、いずれは元の家庭へ帰っていけるように、あるいは次の養育者(里親家庭や児童養護施設等の大人)に養育を引き継いでいけるよう、日々の支援に取り組んでいます。
新しい養育者との関係性を築いていくための支援
心理職は個別のプレイセラピーを行うこともありますが、乳児院においての心理職の大切な役割の一つは、子どもと担当養育者の関係性を支えることが挙げられます。心理職は、子どものこれまでの生活状況や、発達の状況などの現状を理解し、今後の育ちに必要な関わりや支援の手立てを考えていく専門職の一員だと言えます。その心理職も実際の生活に溶け込み、子ども達の様子を観察し、関わりながら、他の専門職と一緒に関わり方を具体的に考えていくことが求められます。
乳児院は、職員の勤務交代があるため、24時間ずっと同じ養育者が子どもと一緒にいられるわけではありません。子どもが担当養育者との信頼関係を円滑に築いていくためには、交代時における養育者とのお別れと再会の質をいいものにしていく工夫が必要であり、子どもが今、誰に向けて不安を訴えたらいいのか、誰に要求を出せばいいのかを明確にすることが安心につながることを学んできました。養育者が交代する際には、子どもにわかるように、「今から〇〇さんに交代するよ」と子どもに伝えてから離れることを推奨してきました。その際に子どもが表す様々な気持ちをそのまま受け止めしっかり寄り添うこと、そして必ずまた会えることを伝えてもらうように勧めてきました。子どもは確実に担当養育者を認識し、いなくなってもまた会えることを理解して、信頼関係が築かれていきます。
育ちをつなぐ“テリング”の重要性について
乳児院の心理職として、もう一つ大切にしてきたことは、子どもへのテリング(telling)です。テリングは、スーパーヴァイザーの河﨑佳子先生から教わったことですが、先生は、テリングについて、養育者たちから「語りかけること」「問いかけること」「お話すること」などを通して、子どもが様々な思いや疑問を話題にしていいのだと伝えることの総称として使われています。子どもにとって重要な出自にまつわる話を伝える「真実告知」も、テリングという言葉に置き換えて実践してきました。
テリングは入所してきた瞬間から始まります。どうしてここにきたのか、どんな思いをしてきたのか、ここはどういうところで、これからどうなるのかについて、子どもの気持ちに沿いながら、わかりやすい言葉で安心できるようにテリングすることで、不安や混乱の状態が、次第に落ち着きを取り戻し、安心感が得られるようになります。
普段から、子どもが感じている思いや、周囲の状況についてテリングされてきた子どもは、やがて、自分の出自にまつわる大切な問いを、ありのままに表現できるようになっていきます。
あるとき、Aちゃんが担当の保育士に「ママは?」と問いかけてきました。Aちゃんのママは、Aちゃんが乳児院にきてから一度も会いに来たことはありませんでした。他の子どもたちにはママの訪れがあるのに、どうして私にはないのか? 私のママはどうしているのかが、ずっと気になっていたようでした。
子どもは「あれ?」「どうして?」「どうなってるの?」と疑問に思う時がきます。なぜここ(乳児院)にいるのか、ママはAのことをどう思っているのか、これからどうなるのかという切実な問いは、2歳ごろになると、周囲の状況を見て様々に考え始めます。
私たちは、家族が他界されてこの世にはおられないこと、だから会いに来れないという事実をどう伝えるのか、テリングする内容を考えるため、Aちゃんには、「よう聞けたなぁ! ちゃんと聞いてくれてありがとう!」「大事なことやから調べてくるし、まっててね」と返事をしてもらいました。すぐに応えられない質問を受けたときは、ごまかさず、うやむやにせず、その問いをしっかり受け止めたことが伝わるように返答することが大切です。もしもこの時、うやむやにされたら、聞いてはいけないことを聞いてしまったと思い、二度と聞けなくなってしまうからです。
私たちは、「ママはお空のお星さまになってしまったからAちゃんには会いにこれないんだよ、お空からAちゃんをずっと見ているよ」とテリングしました。Aちゃんはふ~ん!という感じで聞きます。続けて、「ママに会いたいよ~って思ってたなぁ」とテリングすると、じっと目を見つめてうなずきました。Aちゃんの“自分のママ〝を求める切実な願いを感じていた私たちは、やがて、Aちゃんにとっての新しいママとパパを探す約束をしました。そして、里親さんが見つかると、その里親さんへつないでいくために、さらにテリングを続けました。「Aちゃんの、ママとパパになりたいです!っていう人が見つかったよ。今度会いに来てくれるから挨拶しようね!」と。そこから、新しい養育者との関係性を紡いでいく支援が始まりました。
Aちゃんは、無事に里親宅へ養育が引き継がれ、元気に大きく成長していきますが、成長の節目節目で、Aちゃんの疑問はどんどん複雑になっていきました。“お空の星になった”というストーリーは早い段階で真実に近づき、さらに、小学校へ行くと、「お母さんはどんな人だったのか?」「どんな顔をしていたのか?」等、素直な疑問を里親さんへ投げかけていきました。
テリングは一度したら終わりではなく、その後もずっと続いていきます。子どものありのままの問いに寄り添いお話ししていくことがテリングであり、それは、子どもが「よし、だいじょうぶ」という安心の感覚を体験することにつながります。
私は乳児院の心理職として、このような自分の出自や出生にまつわる大切な問いや思いを封じさせないことが、健全な心の発達につながっていく最も大切な支援であると実感してきました。そこにテリングが重要な役割を果たしていると考えています。