私は2018年9月に、カウンセリングルーム「大阪・京都こころの発達研究所 葉」を立ち上げ、細々とオフィスでの勉強会をやっていました。そんな中、2019年の日本心理臨床学会学術大会で、若手の会が「心理臨床学会の若手は何をしていくのか?――若手が、若手を支えるために――」という企画をたて、20名ほどの若手会員たちがどのようなニーズを持っているのか、何ができると考えているのかを発表していました。そこで、地方に住んでいる方や子育て中の方、新人が、自己研鑽をしたいと思っていても交通の便や費用の問題、家を空けることができないといった諸々の事情により、研修などに気軽に行くことができず、苦しい思いをしていることを知りました。そして地方格差や経済格差、ライフステージによる格差をなんとかできないかと考えるようになりました。
その直後、2020年4月にコロナの波が押し寄せ、緊急事態宣言が出され、行っていた勉強会はすべて中止せざるを得ませんでした。緊急事態宣言が終わった後も、職場から県外への移動を禁止されたり、職場外での対人接触をできるだけ避けるよう指示をだされたりした心理職も多く、対面での勉強会を再開することは困難でした。一方で、オンラインを使った研修企画が各所で開かれるようになりました。これにより、地方格差の問題や子育て問題などが少し緩和したように思います。
それでも経済格差の問題は解決できたようには思えませんでした。そこで、YouTubeでの動画配信をすれば無料で視聴ができると考え、協力すると申し出てくれた心理職のみなさんのご厚意で、書籍紹介や学会紹介などの動画を撮影し、公開することにしました。同時に、「同業者に向けてではなく、もっと多くの人に心理職を知ってもらう必要があるのではないか」と考え、私やオフィススタッフが、ポーカーやトランプゲームなど心理戦と言われるゲームにチャレンジしたり、インターネットにあがっている心理テストを実施したりする動画を撮影・公開したりもしました。しかし、こうした企画動画には大きな問題が2つ生じました。
1つ目は、クライエントへの影響です。当時、担当していたクライエントから何かを言われることはありませんでしたが(再生数も少なかった)、心理職が「心理学」を面白く扱うことに、クライエントが悪い印象を持つのではないかということは常に頭の中にありました。こうした懸念から当研究所のスタッフ以外の心理職に出演依頼することがためらわれ、積極的に撮影を継続することができなくなりました。
2つ目は費用と時間の問題です。1本の動画を作り上げるには相当な労力がかかります。動画の再生回数をあげようと思うと、つまらないシーンはカットし、字幕や効果音を入れて面白さを強調する必要があります。この編集作業は非常に時間がかかります。外注することも可能ですが、その場合には費用が多くかかります。YouTubeは、動画を公開してもすぐには収益につながらず、登録者数1000人、再生時間4000時間を超えなければ1円も入りません。それらをクリアしたとしても月5000円~1万円程度の収益にしかなりません。つまり、片手間に行えるほど簡単なものではないということがわかりました。
そのため、ゲームなどの企画は数か月で断念し、1つ目の理由もあったことから、しばらくして動画公開も停止しました。それからずっと「何かできることはないだろうか」と模索していた中で、特定の学問についてわかりやすく説明しているYouTube番組があることを知りました。そしてラジオ番組のように、話し手が説明し、聞き手が相槌や疑問を投げかけるといった形式を知りました。聞き手がいることで、難しいテーマでも「どういうこと?」と質問してくれるため、視聴している私も「そこ聞いてほしかった!」とわからないままになりません。また話し手と聞き手が会話して進んでいくため、単調にならず、娯楽感覚で聞くことができました。また、画面を見なくてもよいものが多いため、移動中や家事の合間などに聞くことができました。
こうした形式のものだったら先にあげた問題はある程度クリアできるのではないだろうかと構想をし始めました。教養系のものでも、編集を入れた方がより面白くなるのは事実ですが、ラジオ番組と思えば字幕を入れる必要はなく、それなりに講義慣れしている心理職であれば、編集をしなくても聞きやすいものになるではないかと考えました。
また、私が専門としている領域の内容であれば、クライエントが視聴したとしても、動画で話していることはカウンセリングでも話していることであったり、カウンセリング体験を俯瞰してみることができたりと、カウンセリングの場でも取り上げやすいものだと考え、「精神分析についての動画を撮ろう」と決めました。
心理職にとっても精神分析は「敷居が高い」というイメージを持たれやすく、なかなか第一歩が踏み出せないという意見も多く聞きます。YouTubeであれば、その敷居を下げることができます。心理学を学んでみたいという人にとっても、カウンセリングを受けてみたいと思っている人にとっても、参考になるのではと思い、適任と思った仲間に企画を持ち掛け、実行に移しました。
その結果、2025年3月から「大阪・京都こころの発達研究所 葉」のYouTubeチャンネルで公開を始めたのが「ちょっと詳しく知りたい人の精神分析入門」です。この原稿が皆さんの目に留まる頃には、シーズン4まで公開されているはずです。1年間は毎週更新をし続け、少しでも多くの人の目に触れてもらえたらと考えています。当初はこのシリーズだけを考えていましたが、だんだん「ちょっと詳しく」レベルではなくなってきたこともあり、「さらに気軽に見れる動画を」と、精神分析に関連した書籍紹介や臨床心理学の専門書出版社編集者の書籍紹介、学会紹介などの動画も公開するようになりました。
おかげで登録者数は1400人を超え収益化はしましたが、先に書いた程度の収益です。収益よりも必要な人に必要な情報が届くことを願っています。最初は専門職に向けたもの、一般の方に向けたものを分けて発信することを考えていましたが、今はそこの境界にあまりこだわりを持っていません。必要な情報は誰にとっても必要なものだからです。
専門職は発信に責任があります。そのため大げさなことやいい加減なことを言うことはできません。その結果、「公に気軽に発信できない」「面白おかしくはできない」というジレンマを抱えます。それでも、発信できることや発信方法を検討しなければ、誰にも何も届けることもできません。臨床心理学の知が、多くの人にとって有益であることを私たち心理職は誰よりも知っているはずです。面白おかしく発信している方々よりも拡散力は少ないでしょう。それでも、できることをコツコツと積み上げていくことが専門職としての役割だと思っています。
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