本稿では、普段は意識されない認知機能であるメタ認知と心のトラブルとの関係について考えることで、精神分析学とは異なる観点から無意識を眺めてみます。

メタ認知とは?

 最近は一般書でも「メタ認知はビジネスに役立つ!」などと紹介されることもありますから、すでにご存じの人が多いかもしれません。「メタ」とは「~の上にある」「~を超えた」を意味するので、メタ認知とは「認知を認知する心の働き」だということになります。本稿で解説するメタ認知は、1970年代に教育心理学や発達心理学で提唱された概念です。スタンフォード大学教授であったフレイヴェル(J.H.Flavel)は、幼稚園児や小学生を対象にして、「完璧に思い出すことができるまで、ある物事を記憶してみよう」という実験を行いました。その結果、年長の子どもたちは、自分の記憶力とそれに基づくパフォーマンスを適切に予測していました。つまり、年長の子どもが「自分は完璧に思い出せる」と言えば、実際にほとんどの場合で完璧に思い出せました。しかし、幼い子どもたちは、彼ら自身は完璧に思い出せると考えていても、実際にはそうなりませんでした。この研究から、人間は成長にともなって、うまく覚えられるようになるだけでなく、自分の記憶の程度や状況を適切にモニタリングしたり、その結果に基づいて自らの行動を制御したりできるようになることがわかりました。うまく覚えられるのは記憶という認知能力が発達するからですが、記憶も含めて自らの認知全体をモニタリング/コントロールする能力、すなわちメタ認知も発達しているのです。
 フレイヴェルはメタ認知を、知識(自分、あるいは人間全般の認知に関する知識。人間、課題、方略の3つのカテゴリーがある)・体験(自らの認知に関する気づき。アハ体験を伴うことがある)・目標(メタ認知的モニタリングに基づいて設定される。活動の結果を評価して、必要に応じて柔軟に修正される)・活動(メタ認知的モニタリングと目標に基づいて遂行される)の4つの要素に分類しました。「アハ体験」とは「ピンとくる感じ」「なるほど!と腑に落ちる感じ」のことです。
 見たり、聞いたり、肌で感じたりして外界を認識する私たちの認知能力は自動的に働いており、通常それを意識することはほとんどありません。自動的に働くことは脳の負担を減らし、行動を円滑にするために重要です。そして、メタ認知も通常は意識されません。心理学や神経科学では従来から、認知や行動をモニタリング/コントロールする能力を遂行(実行)機能とよび、大脳前頭葉の重要な機能の1つだと考えてきましたから、メタ認知は決して新しい概念ではありません。ただしメタ認知は、神経学的な意味を超えた、日常生活に必要な多彩な心の働きを含む概念なので、臨床心理学ではメタ認知の方をよく使っています。

メタ認知を使った心のトラブル解決法

①ウェルズのメタ認知療法
 臨床心理学、特に認知行動療法では、発達心理学とは異なる方向からメタ認知に注目が集まりました。イギリスのウェルズ(A.Wells)は、一般的な認知行動療法で扱う「偏った認知」に精神障害の原因があるのではなく、意識できる認知よりも上位のレベルに問題が生じていると考えました。そこで、自分や自分の認知についての不適応的な信念(=不適応的なメタ認知的知識)を変化させて、クライエントに適応的な信念・知識を獲得してもらうことを目的とした介入法、メタ認知療法を開発しました。たとえば、日常生活のいろいろな場面で不安が強くなってしまう全般性不安症(GAD)を有する人は、「自分の問題の原因を見つけるために、心配することは役に立つ」「心配はコントロールできず、きっと私はおかしくなってしまうだろう」といった不適応的な信念を強くもっていることがわかりました。しかし、GADを有する人はそれを意識していません。生活全般に広がっているGADの多くの不安にそれぞれ介入するのは大変で、効果もあまり上がりません。不適応的な信念と、それが働いてしまうメカニズム(ウェルズは「認知注意症候群」とよびました)に気づいてもらい、「心配し続けることは役に立たない」「嫌な考えを抑えこもうとすると、かえって強くなってしまう」というような適応的なメタ認知的知識を学習してもらう必要があります。詳しくはウェルズ著(熊野宏昭ら訳)『メタ認知療法』(日本評論社、2012年)をお読みください。このアプローチの基本的なモデルはうつ病、不安症、強迫症、精神症などに共通して用いることができると考えられています。

②モリッツのメタ認知トレーニング
 一方、ドイツのモリッツ(S.Moritz)は、一般に人が持っている認知バイアスの一部が極端になり、固着して修正できなくなると被害妄想的な思考の原因になると考えました。被害妄想と関連する認知バイアスには、ごく少ない証拠で結論を導いてしまう「結論への飛躍バイアス」、悪い結果を他者だけの責任にしてしまう「原因帰属バイアス」、誤った記憶に過剰な確信をもってしまう「誤記憶への過信バイアス」などがあると言われています。妄想的になりやすいクライエントはこれらの認知バイアスを意識していません。そこでモリッツたちは、認知バイアスに関する知識を学習し、認知バイアスをモニタリング/コントロールする方法、つまりメタ認知を働かせる方法を身につけるメタ認知トレーニングを開発しました。メタ認知トレーニングはフレイヴェルのメタ認知概念に沿って開発されたので、アハ体験を重視しています。クライエントがアハ体験を得るためには、治療者が知識を教育するのでは効果がないといわれています。メタ認知トレーニングは、同じような症状やトラブルで困っている人たちの小人数グループで行い、メンバーが率直に自分の視点から意見を出し合う構造になっています。クイズやディスカッションの題材が豊富に用意されており、認知バイアスに関するアハ体験が無理なくできるよう配慮されています。詳しくは拙編著『メタ認知トレーニングをはじめよう!』(星和書店、2022年)をお読みください。メタ認知トレーニングは、開発当初は統合失調症のような精神症を対象としていましたが、現在ではうつ病、強迫症、境界性パーソナリティ症などにも適用範囲が広がっています。

まとめ

 これまでみてきたように、メタ認知は普段意識されませんが、重要な心の働きであり、これがうまく作動していないと、様々なストレスを抱え、トラブルが生じやすくなります。どうして苦しいのか、本人にはわからない場合も多いのです。メタ認知についての知識を得て、必要に応じて意識的に使ってみることで、ストレスへの対処がよりうまくなると考えられています。

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