Serial Articles 初心者のためのブックガイド『やっと言えた』

医学書院 2025年
当時、私たちは同じ空の下にいた。最寄りのバス停を降りて、なだらかな坂を歩くと、辺り一面に緑豊かな敷地が広がる。都内から電車で一時間ほどの片田舎に位置するキャンパスは、近くに牛舎があるせいか、外気に交じって堆肥の匂いが立ち込める。そこに現れる異彩を放つ近未来的なキャンパス。その情景にも慣れたころ、私たちは一斉にモラトリアムから卒業していく。三十年以上前、「インターネット」がまだ黎明期だった時代に、学生は一人一台ノートパソコンが付与され、教室ではキーボードを打つ音が鳴り響いていた。熾烈な受験戦争を勝ち取った新入生は、一様にみな進学校出身者ばかりだ。学生は学部長から『未来からの留学生』と呼ばれ、校内には、将来が希望に満ちたものと信じる強い自意識や万能感が溢れていた。
スクールカーストという言葉はなかったものの、互いが互いを暗黙裡に採点しているような気がして、特段秀でたところもない私は心許なかった。根無し草のように漂流して、ただアウェイに居る、そんな所在のない感慨は長く続いた。
彼女とはキャンパスでよくすれ違った。校内を颯爽と闊歩する姿は自信に満ちているように映り、不思議と目に止まる。凛として理知的な表情や佇まいは眩しく、ともすると葛藤や屈託とは無縁のようにみえた。けれど、違った。彼女が記した本著を開くと、苛酷な環境下を必死で生き抜いていた長い歳月と闘いが浮かび上がってくる。
本作は、学童期の性被害から、三年以上にわたり精神分析的セラピーを受け、トラウマの楔と果敢に対峙し、回復への軌跡を綴った渾身の手記である。その道のりは一様ではなく、キャンセルや中断もある。筆者は解離やフラッシュバック、希死念慮による措置入院を経ながらも、やがて、本質的な傷つきに触れていく。セラピーの進展とともに、セラピストの存在に抱えられ、抑圧していた「怒りや深い悲哀」、そして、「愛されたい」という根源的な情緒を味わうに至る。
詳しくは本著に譲るが、そのプロセスは螺旋階段を辿りながらも、彼女は心痛を掘り起こし、それを在るものとして悼み、尊厳を取り戻していく。それだけではない。心を伴わない「支配としてのセックス」ではなく、他者と繋がれる「性交」というものが存在すること、また、恥の感情に蓋をせず、それを認めて丁寧にケアし扱うことをも体験していく。
かつてキャンパスですれ違ったとき、私には彼女がまるで見えていなかった。
「やっと言えた」。産みの苦しみとも思える言葉と彼女が抱えていた心の深淵。そして、紡がれる言葉を傍らで聴き続けたセラピストの存在。本著は、傷つきが傷つきのままではなく治癒しうるもの、そして、中年期を経てもなお、痛みは人生の一部として統合できる希望に開かれたものであることを教えてくれる。