当事者に役立つ心理教育 自分が悪いと思ってしまう
人は、とても怖かったり、強いショックを受けるできごとを経験した後、そのできごとが起きたのは「自分のせいだ」と思ってしまうことがあります。虐待や身体暴力、犯罪、性暴力の被害であっても、災害の被災であっても同じです。たとえば、こんなふうに考えてしまうことがあります。「自分が言いつけを守らなかったから叩かれた」「性暴力は、逃げなかった自分が悪い」「自分の日ごろの行いが悪かったから災害が起きたのでは」などです。また、犯罪など暴力的な形で大切な人を喪った時にも、自分を責めてしまうことがあります。
この「自分のせいだ」と思ってしまう気持ちを「自責感」と言います。自責感は、実は、トラウマティックなできごとによって引き起こされる心の傷つき、いわゆるトラウマ反応のひとつです。責任がないのに責任を感じてしまったり、過剰に責任を感じてしまったりします。
先ほどの例で考えてみると、言いつけを守らなかったからといって、その人に暴力を振るってはいけません。怖かったり混乱したとき、逃げられないことは自然です。自分の日ごろの行いと災害の発災は関係がありません。しかしそれでも、人は、自分を責めてしまいます。
なぜ自分を責めてしまうのかについて、3つの点から説明をしたいと思います。
1つは、「公正世界信念」というものです。これは、人が世界を捉えるときに持っている枠組みの一つで、「良いことをした人には良いことが起き、悪いことをした人には悪いことが起きる」という考え方です。良い子にしていればサンタさんが来るよ、悪いことをしたらバチが当たるよ、と言われて育った方は多いだろうと思います。また、「徳を積んで推しのチケットを当てる!」も、公正世界信念だなと思います。この世界のいたるところに、こうした考え方があります。被害にあった時、この信念に沿って、「悪いことをしたのは私が悪いからだ」と本人が考えてしまい、周りの人も「悪いことがあったなんて、あの人が悪いことをしたに違いない」と思ってしまう場合があります。
もう1つは、圧倒的な無力感を感じることはとても苦しいことなので、自分が悪かったと思うことで、自分の心を守るということもあります。「自分にはどうにもできなかった」「自分は無力だ」と思うのは苦しいことです。それよりは、「自分がコントロールできたかもしれない」と思ったほうが、まだ、良いということがあるかもしれません。しかしどちらも苦しい気持ちに変わりはありません。
最後に、それぞれのできごとの要因です。例えば子どもが親から虐待の被害にあった場合、親を悪いと思い責めることは難しいです。自分が悪いから親は怒るんだ、自分がいい子にしていれば怒らないはずだ、と思いたくなることもあります。あるいは、性暴力については、社会の中に、被害者を非難する風潮がまだ存在しているため、被害を受けたその人自身も、自分を責めやすくなる場合があります。あるいは、身近な誰かから実際に責められて、それを心に留めてしまう場合もあります。
暴力は、振るった側に責任があります。災害は、その多くを予期することはできません。あなたは悪くありません。もしもあなたが自分を責めているならば、それは、それだけあなたの心がショックを受けたということなので、ケアを受けていただけるといいなと思います。